さらに警戒される前に…千載一遇のW杯
「21世紀はアフリカの時代になる」と世界中で語られていた時期があった。
アフリカ勢が最初に世界を驚かせたのは、82年のW杯スペイン大会だろう。カメルーンがイタリア、ポーランド、ペルーと引き分け、アルジェリアは西ドイツ、チリを倒した。74年のザイール、78年のチュニジアが覆せなかった大会前の低評価が、史上初めて、根元からひっくり返った大会だった。
変わり始めたアフリカへの見方を決定的なものにしたのは、90年代のブラック・アフリカだった。W杯イタリア大会では開幕戦でアルゼンチンを破ったカメルーンがベスト8に進出し、94年米国大会ではナイジェリアが旋風を巻き起こした。若年層の大会でも結果を残しつつあったこともあり、新世紀の主役が彼らになることはほぼ約束されたかのように思われた。
だが、21世紀も4分の1が過ぎてもなお、アフリカはW杯の頂点に立てていない。アフリカ勢として史上初めての準決勝進出を果たしたのは、ナイジェリアでもカメルーンでもない、いわゆるホワイト・アフリカのモロッコだった。
ブラック・アフリカの台頭とほぼ時期を同じくして、世界的な評価を急速に高めていったのがメキシコだった。地元開催だった86年大会では、観客の熱狂以外はさほど印象に残らないチームだったが、90年代に入ると、徹底してボールをつなぐサッカーで注目を集めるようになる。招待参加したコパアメリカでは2度の決勝進出を果たし、W杯で結果を残すのも時間の問題かと思われた。
だが、彼らの悲願はいまだかなっていない。
ブラック・アフリカにせよ、メキシコにせよ、すでにW杯の優勝候補を倒す力を十分に持っている。ではなぜ、期待されていたほどの結果を残せずにいるのか。
警戒されてしまってから、ではないだろうか。
90年W杯でカメルーンと戦ったアルゼンチンの選手に、自分たちが敗れる可能性をリアルに感じていた者がどれだけいただろうか。おそらくは皆無。力をつけてきたとはいえ、自分たちを脅かす存在ではないとの思いは、マラドーナを筆頭にほとんどの選手が抱いていたはずである。
だが、82年大会に続き90年大会でも結果を残したことで、以降、欧州や南米の国にとってカメルーンは危険極まりない相手と認識された。メキシコもまたしかり。94年大会から7大会連続で1次リーグを突破しておきながら、すべて決勝トーナメント初戦で敗れている。“ベスト16の壁”なるものを日本以上に意識している国があるとしたら、それは間違いなく彼らである。
すべての本大会出場国が出そろい、各国のメディアはこぞって格付けのようなものを企画するようになった。日本をドイツより高く評価するところがある一方で、20位前後に位置づけしたところもある。どれが正しく、どれが間違っているということではないが、個人的には、「警戒されるようになっているが、かつてのブラック・アフリカやメキシコほどではない」というのが現時点における日本の立ち位置だと感じている。
だとしたら、今大会は千載一遇の好機である。
日本は間違いなく強くなった。一方で、まだ現実的な脅威と捉えきれない層は、依然として欧米の中に残っている。おそらくは4年後、8年後、彼らの警戒心はより高まってくる。ここを逃せば、上位進出の道がより厳しくなるのは間違いない。
<この原稿は26年4月16日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>