第287回 ロンドンは10万人、東京は? ~若年層が変えるマラソンの新常識~
「えっ、2日間もやるの?」
ニュースを目にした瞬間、思わず声が出てしまった。ロンドンマラソンが来年、5万人規模の大会を2日連続で開催するという。都市型大型マラソンを連日開催、つまり週末に10万人がロンドンの街を駆け抜けるということだ。
これだけでも驚きだが、さらにすごいのがその人気ぶり。今年のロンドンマラソンのエントリー数は、なんと100万人を超えた。100万人といえば、ちょっとした日本の地方都市の人口がまるごと申し込んだようなものだ。そして来年の申し込み見込みは200万人とか⁉ また今年の大会で集まった寄付は約8730万ポンド(約177億円)と100億円をゆうに超え、来年は200億円を超えるであろうと言われている。
世界7メジャー(ワールドマラソンメジャーズ、以下WMM)の一角として、ロンドンが今、盛り上がりの中心にあることは間違いない。
しかし、これは単なる「ロンドンだけの話」ではない。今、世界中で「ランニング・ルネサンス」とも呼べるような、かつてないマラソンブームが起きている。ボストンやシカゴといった他のWMM大会でも、若年層(30代以下)の参加が目立つようになり、マラソンが単なる競技や健康維持の手段を超え、新たな価値を持つイベントへと変貌を遂げているのだ。
その象徴が、若年層の急激な増加である。
昨年末に開催されたホノルルマラソンでも、参加者の約25%が若年層だったという。日本国内でも、最大級のランニングポータルサイト「RUNNET」の登録者数で若年層のエントリーが増加傾向にあることが示されている。
正直なところ、少し前までマラソンといえば「年齢層高め」というイメージが強かった。苦しさに耐え、自分を追い込み、自己研鑽に励む「修行」のような側面が強調されがちだった。ところが、今の若者たちにとって、ランニングはもっと「クール」で「ソーシャル」なものに変わっている。
若者の興味は健康や安定ではなく、娯楽やエンターテインメント、一時の楽しさの享受という僕たちの時代とは一線を画しているようで、貯蓄やフィットネスなどに向いているという。さらに彼らの健康に対する意識は、単に病気にならないことや、体重を維持することだけではない。「ウェルビーイング」という言葉に代表されるように、心身ともに満たされた状態を重視し、そのための手段としてランニングが選ばれているようだ。
東京への期待
欧米では「ランニング・クルー」と呼ばれるコミュニティが次々と誕生し、ファッションや音楽を楽しみながら、仲間と一緒に街を走ることが一つのライフスタイルとして定着している。彼らにとってランニングは、タイムを競う場である以上に、コミュニケーション手段として仲間作りの場になったり、自分たちのカルチャー表現、さらには体験共有をするフェスティバルのような位置づけとなっている。
こうした世界的な潮流、そして若者の価値観の変化を目の当たりにすると、どうしても考えてしまうことがある。
「我らが東京マラソンはどうするのか?」ということだ。
東京マラソンは、2007年のスタート以来、日本の市民マラソンシーンを牽引してきた。そして今や世界中のランナーが憧れるワールドアスレチックス認定プラチナラベルの大会であり、その運営能力の高さは世界屈指と言っていい。しかし、WMMだけではなく、アジア各国での進化やうねりをみていると、東京も現状維持に甘んじているわけにはいかない。
もちろん、物理的な制約や警備の難しさなど、東京特有の課題があることは百も承知だ。しかし、これだけ世界が、そして若者たちがマラソンに熱視線を送っている今こそ、東京も「次のフェーズ」へ進む絶好のチャンスではないだろうか。
例えば、ロンドンのように開催日数を増やすことは難しくても、若年層をターゲットにした新しいカテゴリーを創設したり、サブイベントの拡充などの手もある。デジタル技術を駆使し、街全体をエンタメ空間に変える。あるいは、タイムを競うだけではない「体験価値」を徹底的に高めるような仕掛けがあっても面白い。
世界の人々が「東京を走ることが、世界で一番クールだ」と感じられるような大会。多様なバックグラウンドを持つランナーたちが、それぞれのスタイルで街と一体になれる場所。東京には、そのポテンシャルが十分にある。
スポーツには、街を変え、人を動かし、未来を創る力がある。
世界的なブームの波が押し寄せるなか、東京マラソンがどんな「次の一手」を見せてくれるのか。一人のランナーとして、そしてスポーツの未来を信じる一人として、ワクワクしながらその変化を待ちたいと思う。
東京の街が、ランニングというキーワードで、もっと自由に、もっと熱くなる日を、心待ちにしている。
<白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール>
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17~25年まで東京都議会議員を務めた。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)。