負けなくて良かった、というしかない。内容も決定機の数も、明らかに優勢だったのはオマーンの方だった。日本が相手よりも勝っていたのは、勝負に対する執念と、幸運の総量だった。前半10分の決定機。決められないために日本がやったことは何もない。ただ、相手が信じられないようなミスをしてくれただけ。ポストを叩いたボールがGKにあたり、それでもゴールラインを割らないというのもちょっとあることではない。
 ホームでの対戦ではほとんど何もさせなかった相手にここまで圧倒されてしまったのには、むろん、コンディションの関係もある。氷点下に近い気温で生活していた選手が、急に35度の中でプレーしろと言われてもそうそう上手くいくはずもない。本田にいつもの切れがないどころか、普段からは考えられないようなミスが目立ったのも、ある程度は予想できたことだった。

 ただ、そうした体調面の問題以上に大きかったのは、メンタルの問題ではなかったか。
 五輪での男子代表が躍進できたのは、最終ラインに入った吉田が素晴らしい存在感を発揮したからだった。9月のW杯予選でも、10月の欧州遠征でも、その輝きは変わらなかった。

 だが、今日の吉田は違った。自信に溢れた日本代表の要ではなく、週末ごとに相手のゴールラッシュに見舞われ、ファンやメディアから厳しい叱責を浴びているサウサンプトンの冴えないセンターバックになってしまっていた。圧倒的でさえあった存在感は、リーダーシップは、信じられないほど薄れてしまっていた。

 同点のきっかけとなるFKを与えてしまったのは吉田だった。直接FKに対して中途半端に足を出し、結果的にGKの視野を遮ってしまったのも吉田である。それまでも何回か危うい守りをしてしまっていたという自覚は彼自信にもあったはずで、ゆえに、岡崎の決勝ゴールがなければ、大きく揺らいでいた彼の自信は崩壊寸前のレベルにまで追い詰められていた可能性がある。

 負けなくて、本当に良かった。

 最終ラインの安定は、ザッケローニが率いるチームにとっても大前提である。この屋台骨が揺らぐようなことがあれば、チームづくり、最終ラインの構成は根本的な見直しを強いられるところだった。岡崎のゴールは、吉田だけでなく、ザッケローニ監督の構想をも救ったと言っていい。

 引き分けていれば、あるいは負けるようなことがあれば立ち込めていたはずの暗雲は、ギリギリのところで吹き払われた。ブラジルは、もはや目前となった。内容が内容だっただけに、負けなくて良かったと心の底から思う。ただ、埼玉ではシュート1本しか許さなかった相手にこれほどまでに押し込まれる試合を見せられると、高まってきた世界への期待が一気にしぼんでしまうのも事実である。負けなくて良かったという印象を、こんなところで抱きたくはなかった。それが、率直な感想である。

<この原稿は12年11月15日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
◎バックナンバーはこちらから