頼れる大黒柱が静かに弓を置いた。
 10月に行われた全日本実業団大会をもって、主将の橋本早苗が現役を引退することになった。橋本は今年が入社15年目。2004年のさいたま国体では愛媛県代表の一員として近的で全国制覇の実績を持つ。個人でも08年の全日本実業団で近的、遠的ともに個人優勝を収めるなど、名実ともにダイキ弓道部を引っ張る存在だった。
(写真:橋本にとって現役最後の大会は産業別戦で優勝、近的女子の部で準優勝だった)
 部員誰もが「射が安定しているし、橋本さんについていけば大丈夫と思える人」と口を揃える
頼れる主将が、現役を退く道を選んだのはなぜか。
「前から引退は考えていました。体力的に限界かな、と……」
 年齢を重ねるにつれて、当然、仕事上の役割は大きくなる。家に帰れば家事が待っている。納得するまで弓と向き合う時間が少なくなるのは致し方のないことだった。今までできていたことが試合では発揮できない……最近はジレンマを抱えながら、競技を続ける日々だった。

 気持ちの中では秋の国体を現役生活の集大成にするつもりだった。橋本自身も2年連続で国体出場は逃している。例年以上に8月の四国ブロック予選にかける意気込みは強かった。しかし、橋本、山内絵里加、原田喜美子のダイキ3選手で臨んだ県代表は最初の近的でつまずき、まさかの4県中4位。国体出場を当面の目標にしていただけにショックが残る敗戦だった。

「自分では力を出し切ったのに結果が伴わなかった。実力も経験も他県にも負けていないのに上回れなかった。もう限界なのかなと感じました」
 橋本は実業団大会を花道に今年限りでの引退を決意した。

「この大会で橋本さんが最後だと聞いていましたから、どうにか優勝したい気持ちでいっぱいでした」
 入社4年目の小早川貴子は強い思いで大会に臨んでいた。他の部員も気持ちは同じだった。ところが、精神の安定が求められる弓道の世界では、「勝ちたい」という心が時として競技の妨げになることがある。

「気持ちは当てたいと思っているのに、体が緊張してしまって矢を離すタイミングを見失ってしまいました」と原田が明かすように、部員たちの弓は総じて安定しなかった。初日の近的一次予選(各4射ずつ)こそ1回目で計91点を叩き出したものの、2回目は58点。2日目のトーナメント(各2射ずつ)も0点の選手を出しながら、他がカバーして何とか3回戦まで勝ち抜いた。

 しかし、3回戦では強豪・イビデン(岐阜県)の前に2人が0点に終わる。27−54とダブルスコアをつけられて敗れた。
「イビデンは定期的に合同練習をしている相手。練習で試合をすると互角なのに、本番では大差をつけられてしまう。メンタルの部分のコントロールができなかったのが敗因でしょう」
 石田亜希子監督はそう敗因を分析する。その後、3連覇を狙った近的女子の部も決勝で2位に終わり、この大会は産業別(金融・商事・その他の部)での団体優勝のみにとどまった。

「せめて女子の部では優勝したかったですね。橋本さんの最後を飾れなかった」
 女子の部、決勝で1本しか的に当てられなかった原田は申し訳なさでいっぱいだった。1位との点差はわずか。原田も含め、誰かがあと2、3本、的にさえ当てて得点を稼いでいればひっくり返せていた。

 引退する橋本にとっても不満が残る最後の大会になった。
「気負い過ぎて目の前の1本に対する集中がおろそかになりました。何年もやって、分かっていたことなのにできなかった。最後の最後まで完成型には到達できませんでしたね」
 個人では遠的で2位。それでも確たる成績を残し、長い弓道人生に幕を降ろした。

 橋本が抜けた弓道部は原田を新主将に新たなスタートを切った。「絶対的エースがいなくなったのですから、戦力的には痛いです。でも、これをきっかけに残された部員が他人任せではなく、自覚を持って努力してくれれば」と石田監督も若手の奮起に期待を寄せる。

 その中で覚醒しつつあるのが、3年目の北風磨理だ。国体ブロック予選では前日に代表から外れた悔しさをバネに、1から射型をつくり直した。
「弓を引く方向を根本的に直しました。これまでクセがあり、手先で引いてしまう感じだったんです。それを体の中心からしっかり力を伝えて引くように変えていきました。最初はなかなか身につかなくて悩みましたが、ようやく感覚がつかめてきました」

 2カ月間、「涙ぐましい努力をした」と石田監督が明かす成果は早速、出ている。橋本不在で初めて大会に臨んだ11月の四国勤労者大会では個人優勝。来年への大きな弾みになった。
「やってきたことは間違いではなかったと分かりました。これからは今の射型をより確実にしてレベルアップしていきたいと思っています」
 進化を見せた北風の姿に他の部員たちも黙ってはいない。山内が「いつでも練習同様に当てられるよう、安定した射を目指したい」と練習に取り組めば、小早川も「この冬に絶対、クセを直す」と課題克服を見据える。

「絶対的な存在が抜けて、“自分たちがやらなきゃ”という気持ちは強くなっているかもしれませんね。4人は年齢も近いので、私ひとりで引っ張るのではなく、みんなで協力して成長していきたいと思っています」
 チームのまとめ役になった原田は、こう新チームの理想を語る。そんな後輩たちに、部を去る橋本は何を思うか。
「みんな性格的に優しいところはいいのですが、欲を言えば、もっと勝負から逃げ腰にならないでほしいですね。部員は仲間でもあり、ライバル。切磋琢磨しながら、互いの実力を認めあえる関係になってほしいなと感じています」

 今年の国体弓道では愛媛県は4種別ともブロック予選で敗退し、これが天皇杯の順位を低下させる一因となってしまった。国体が5年後に迫る中、もう低迷は許されない。
「来年こそは国体に出る。目指すものはひとつです」
 山内は穏やかな口調ながら、キッパリと言い切った。

 組織を支えていた大きな存在が抜けたことを穴と捉えるか、それとも新たな芽が出るチャンスと捉えるか。考え方ひとつで弓道部の今後は変わってくる。来年の東京国体に向けた県予選は1月からスタートの予定だ。
「来年、橋本さんにいい報告ができるように頑張ります」
 新主将・原田の言葉を現実のものにすべく、新生・ダイキ弓道部の練習は冷え込んできた気候と反比例するように一層、熱を帯びつつある。

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(石田洋之)
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