今季、メジャーリーグで活躍したピッチャーと言えば、16勝11敗でヤンキースの地区優勝に大きく貢献した黒田博樹、ルーキーながら16勝(9敗)を挙げたダルビッシュ有(レンジャーズ)。そして先発投手として起用され始めた夏以降、本来のピッチングを取り戻し、9勝(5敗2S)をマークした岩隈久志です。今回は前半と後半とでは別人のようだった岩隈について触れたいと思います。
 岩隈が前半、結果を残すことができなかった最大の要因は、ボールやマウンドといったメジャーリーグそのものになじむことができていなかったからです。それはどこか一つというわけではなかったと思います。ボールとマウンドの違いによって、指の感覚から足のステップまで、体のあらゆる部分に、ほんの少しずつのズレが生じていたのです。その対応が岩隈自身が予想していた以上に遅かった。そのために、自分のイメージと実際のボールが異なっていました。

 それが前半の岩隈の不調の原因です。コントロールのいい岩隈ですが、前半は通常よりも2つほどもボールが高く、伝家の宝刀であるフォークもワンバウンドしませんでした。高低差が使えないことで、本来のモノとは程遠いピッチングしかすることができなかったのです。

 被本塁打が少ないことで有名な岩隈ですが、最初の4試合(12イニング)で3本もの本塁打を打たれています。その原因は、何だったのでしょうか。「メジャーのバッターは、高めはほんまによう打つわ」と、野茂英雄や長谷川滋利がよく言っていましたが、メジャーリーガーは高めの球を絶対に見逃しません。ですから、岩隈がそれだけ本塁打を打たれたのは、やはりボールが高かったことに尽きます。

 岩隈のフォークは“消える魔球”

 なかなか登板機会に恵まれなかった岩隈でしたが、7月に故障者が出たことで先発としてのチャンスが巡ってきました。初勝利を挙げた先発5試合目(7月30日)のブルージェイズ戦は、8回を投げて4安打1失点、チームの新人記録を更新する13奪三振のおまけつきでした。この試合の岩隈は、ようやく自分自身のイメージ通りにボールが投げられていたのでしょう、リズムが非常に良かったです。低めのストレートや横の幅を広く使った変化球でしっかりとカウントを取れていましたし、フォークもよく落ちていました。

 岩隈にとって、リリーフ経験もムダではなかったと思います。もう1点も与えられない状況での登板ですから、自然と低めへの意識が高まったはずです。そこで低めにコントロールするにはどうすればいいかを考えたことでしょう。それを考えられたからこそ、先発に起用されてからの活躍があったのです。

 後半、岩隈がメジャーリーグで通用した最大の要因は、ダルビッシュと同様で、コントロールです。メジャーのバッターは、積極的に初球から打ってきます。特にコントロールのいいピッチャーに対しては、2ストライクに追い込まれる前に、どんどん振ってくる。つまり勝負が早いので、ピッチャーにすれば球数が少なくて済みます。岩隈が中4日でのローテーションを守ることができたのは、コントロールの良さによる球数の少なさにあったのです。

 なかでもフォークの精度は抜群です。実は前回のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、日本人投手の中で最もメジャーリーガーたちから評価が高かったのは岩隈でした。異口同音に「あの落差のあるフォークは打てない」と言われていたのです。おそらく野茂が渡米したばかりの頃と同じように、今シーズン、メジャーのバッターたちは岩隈のフォークは“消える魔球”と映ったことでしょう。

 実力的には、それこそダルビッシュにもひけをとらない岩隈ですから、来シーズンはさらなる活躍が期待されます。しかし、“2年目のジンクス”と言われるように、どの球団も岩隈へのマークは厳しくなることでしょう。フォークに対しても、研究されてくることと思います。

 世界トップのパワーと技術をもつメジャーリーガーですから、時には信じられない打球を飛ばされることもあるでしょう。しかし、それをひきずっていてはメジャーではやっていけません。世界一のレベルでやっているわけですから、「あの球を打たれたら、仕方ない」くらいに考え、すぐに次に気持ちを切り替えることが重要です。メンタルのタフさ。これが来シーズンの岩隈にとってポイントとなります。

佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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