「飛んだ。決まった」。そう口にしながら中腰になって両手を水平に広げる。金メダルを獲った笠谷幸生の着地を真似したのは私だけではあるまい。転倒しながらも愛くるしい笑顔を振りまき続けたジャネット・リンの演技も忘れられない。
 アジアで初めて開催された1972年の冬季五輪札幌大会。日の丸飛行隊や、“銀盤の妖精”に夢中になりすぎたせいか、台湾の8選手がスキー競技に出場していたなどとは全く知らなかった。何ゆえ、南国の選手たちは冬の五輪に出場したのか。入賞など端っから望めないにもかかわらず…。
 実は札幌五輪の前年、台湾は国連を脱退していた。いわば国際社会の孤児になろうとしていた。どうすれば中国に注がれる国際社会の視線を引き戻すことができるか。<獎介石の狙いはそこにあった>と著者は五輪参加の背景を読む。
 メダルだけを狙うのなら、少数精鋭のエリート教育が可能なスケートのほうがまだ望みはある。だが為政者が選んだのはスキーだった。著者は、その理由を「宣伝効果」に求める。筋立った推理が興味深い。国際情勢に翻弄されるアスリートの姿を描き切った力作。 「北緯43度の雪」 ( 河野啓著・小学館・1600円)

 2冊目は「エースの資格」( 江夏豊著・PHP新書・720円))。 著者と話をすると投球へのこだわりや打者に対する卓越した洞察力にいつも感心させられる。その一端がうかがえる一冊。これを読めば“野球学力”は確実にアップする。

 3冊目は「国家救援医」( 國井修著・角川書店・1400円)。 ソマリア、イラク、ミャンマー…著者は110を超える国で、20年以上、医療援助活動に携わってきた。その半生からはリアルな世界の現実と真の国際貢献のあり方が見える。

<上記3冊は2012年3月7日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>
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