第187回「キョウヨウ」と「キョウイク」
先日のことです。パラスポーツのボランティアなどでご一緒した皆さまとの楽しいお食事の席でのこと。
昨年、70歳を前に、すべてのお仕事とボランティアから引退された尊敬する先輩のお話です。
ゆっくり寝ようと思ったら、存外、早くに目が覚めた新しい人生の初日でした。朝ごはんの時、早速奥様からリクエストをいただきました。
「週に3日は家から出て行ってね」
「えっ?」
急にそう言われてもどうしたものやら……。最後のその日まで、誠実に精一杯勤めることのみに集中し、解放された後のことなど、考えていなかった自分に気が付きました。
確かに一日中家にいるのも、しばらくはいいかもしれませんが、次第に時間を持て余すのは火を見るより明らかです。
一瞬、残酷に聞こえた奥様の言葉ですが、先輩は「初日に言ってもらったことに感謝するとしよう」とポジティブに捉えました。
「練習はうそをつかない」
先輩の大好きな言葉で、仕事にも通じることから、職場で後輩によく披露していました。
“そうだ、ゴルフの練習を週3日、やってみたらどうだろう。劇的にうまくなるかもしれない”。先輩はそう思い、早速、取り掛かります。
徐々に上手くなっていくことに手応えを感じました。奥様との週3日の約束は果たせたものの、行くところは週に1カ所であることに、はたと気が付きました。
「まずいな……」
危機感を覚えつつも、他にどこに行けばよいか皆目見当がつかない状況です。散歩、トレーニングジム、図書館……よくあるパターンのところに、一通り行ってみました。悪くはないのですが、なんとなく「甲斐がない」気がして、さらに焦ってきました。
さて、ここまで話した先輩は少し改まって言います。
「皆さん、長くなりましたが。コホン!」(確かにここまで長かった)
「結論を申し上げます。第2の人生には『キョウヨウ』と『キョウイク』、これが大事なんです!」
一同拍手とともに「なるほど。教養と教育が大事なんだ。リスキリングか~。いいお話を聞かせてもらった」と得心がいった顔を見せました。
すると御仁は我々をサーッと見渡すと、ニヤッと笑い、こうかっ飛ばしました。
「『キョウヨウ』とは、今日用事があるということ! 『キョウイク』とは、今日行くところがあるということ! わ~はっはっは!」
これを受け、「さて、このオチは、地口(じぐち)オチか、あるいは逆転オチか」と言い出す方も。この後、キョウヨウあふれる話題で盛り上がることになりました。
<伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。2024年、リーフラス株式会社社外取締役に就任。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。