イップス(Yips)とは元々、パットの際などに見られる運動障害を指すゴルフ用語である。多分に精神的な要素が大きい、と言われている。
 近年では、野球においてもこの言葉がしばしば用いられる。たとえば内野手が悪送球を恐れてスローイングが乱れたとする。
「おい、大丈夫か? イップスにかかってないよな!?」
 こんな具合だ。

 今季のセ・リーグの失策王はカープの“プリンス”こと堂林翔太だった。
 高校(中京大中京)時代はピッチャーとしてチームを全国優勝に導いている。プロに入ってから正式にサードにコンバートされた。
 3年目の今季、チームでただひとり全試合に出場し、打率2割4分2厘、14本塁打、45打点とベンチの期待に応えた。オールスターゲームにも初出場し、先のキューバ戦では日本代表に選ばれた。

 問題は守備だ。フィールディングもボロボロで、サードに打球が飛ぶとピッチャーは気が気ではなかったはずだ。
 特にスローイングはひどく、シーズン中、カープOBの達川光男が「イップスにかかっているんじゃないか」と指摘したほどである。

 これについては、堂林同様、甲子園の優勝投手で、短期間ながら高校(徳島・池田)で内野手の経験もある元巨人の水野雄仁がユニークな見解を披露してくれた。
「ピッチャーが内野手に転向してイップスになる理由はわかります。というのもピッチャーはちゃんとしたフォームで投げる。マウンドから中途半端な姿勢で投げることはありません。ところが内野手は、どんな体勢からでも投げないといけない。最初のうちは、これに戸惑ってしまうんです」

 その一方で、こんな指摘もある。
「いやいや、練習が足りないだけ。若いんだから鍛えればモノになりますよ。僕だって決して巧くはなかったけれど、プロで18年もやったんですから……」
 言葉の主は主に近鉄などでサードとして活躍した金村義明だ。彼も甲子園の優勝投手(報徳学園)。堂林同様、バッティングをいかすためプロに入ってサードに転向した。
 プロ18年間で通算939安打、127本塁打、487打点を記録したのだから成功したクチと言っていいだろう。86年には史上39人目のサイクルヒットも記録している。
「やっぱりサードは野球の華。堂林にはサードで成功して欲しいね」

 こちらも高校時代はピッチャーで、プロに入ってからサードに転向した。やっと慣れたところでセンターにコンバートされ、大成功を収めたのが現福岡ソフトバンク監督の秋山幸二である。
 プロ20年間で通算2157安打、437本塁打、1312打点、303盗塁。もし秋山がセンターにコンバートされていなければ、これ程の成績は残せていなかったのではないか。

 秋山にサードからセンターへの転向を命じたのは当時の西武監督・森祇昌である。
 センター転向の理由を森は自著『覇道』(ベースボール・マガジン社)で、こう述べている。
<秋山はいわゆる魅せるプレーヤーである。とりわけ、足の速さが魅力である。日本人にしては身長183センチと大型で、足も長い。その大きなストライドでトップスピードに乗ったときの姿は、ヒョウのような躍動感に溢れ、美しい。
 私は彼の脚力を世のファンにもっと知らしめたいと思っていた。コンバートの理由は足だけではない。外野手はサードほど細やかな神経を使わなくてすむ。長打力が売り物の彼のバッティングにも、必ずやいい影響を与えるだろうと思った>

 センターからはキャッチャーのサインがのぞけるため、バッテリーが意図している配球が読める。
「これは随分、勉強になりました。フーン、そういうふうに打者を攻めるのかって。自分のバッティングにも大いに参考にさせてもらいました」
 いつだったか、秋山はそう語っていた。

 さて、話を再び堂林に戻す。金村が指摘するように、鍛えればサードとしてモノになるのか。それとも早めに見切りをつけ、秋山のような大型外野手を目指すべきなのか。
 今すぐ結論を出す問題ではないかもしれないが、何年も引きずる問題でもない。
 いずれにしても複数の指導者の客観的な判断が必要な局面にさしかかっていることだけは間違いあるまい。

<この原稿は2012年12月14日号『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>

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