この10年で最下位5度、8回の監督交代……低迷が続くオリックスの再建を託されたのが、来季から指揮を執る森脇浩司である。現役時代は内野のユーティリティープレーヤーとして3球団を渡り歩いた。指導者になってからは長く内野守備走塁コーチなどを務めた。これまでの野球人生、決してスポットライトを浴びる場所にいたわけではない。ただ、西本幸雄、古葉竹識、王貞治らの下で野球を学び、その中で培われた指導哲学は卓越したものがある。組織改革に乗り出した新指揮官は名将たちから、どんな影響を受けてきたのか。二宮清純が訊いた。
(写真:秋季キャンプなどを通じて「成功していないのだから変化は義務」と選手たちに訴えかけた)
二宮: 近鉄にドラフト2位でプロ入りした際の監督は西本さんでした。実際に闘将の下でプレーしての印象は?
森脇: 3年間、お世話になりましたが、非常に厳しい方でした。でも、厳しさ以上に愛情を感じました。当時、一緒にやっていた他の方に聞いても、同様のことを言われますから誰に対しても愛情を持って接していただろうなと思います。

二宮: 思い出に残っているエピソードは?
森脇: 1軍に上がって、監督と握手をしたい、ハイタッチをしたいという気持ちが常にありました。でも、監督とそういう場面をつくるには初ホームランを打つしかない。ただ、初ホームランだと、僕も舞い上がってしまってバッティンググローブをつけたまま握手してしまうかもしれないと思ったんです。だから、練習中から手袋をつけずにバッティングをしていました。実際、3年目にホームランを打ち、ベンチに戻ってきて、最後にがっちり握手できた時はうれしかったですね。そんなことを考えて実行してしまうほど、監督の人間性に心からひかれていましたし、リーダーとはこうあるべきだと背中で教えていただいたように感じます。

二宮: その後、広島に移籍した際の監督は古葉さんでした。
森脇: 西本さんと共通して野球に対しては厳しかったですね。西本さん同様、熱い一面もある一方で、非常に冷静沈着なところがあった。正しい判断ができるよう、すぐに気持ちを切り替えてコントロールできる点は素晴らしかったですね。

二宮: 古葉さんは監督の心得として「試合が始まったら、ボールから絶対に目を離してはいけない」と。何が起きても瞬時に対応できるようにしておくべきだと話していました。
森脇: プレーから目を切らないというのは、単に目の前で起こっている出来事に対応するためだけではないと僕は考えています。目の前のプレーには、必ず次のプレーの伏線やヒントが隠されている。それを即座に読み取って、次への準備を怠らないようにする。この準備がどれだけできているかで、結果は当然、変わっていきます。古葉監督が「ボールから目を離してはいけない」とおっしゃるのは、そういった意味も含まれていたのだと感じますね。

二宮: 近鉄、広島ともに当時はリーグ優勝を重ねる強いチームでした。勝てるチームゆえに、勉強になった点も多かったでしょう?
森脇: 強いチームは練習から緊張感がある。これは共通項ですね。キャンプ中のシートノックでも西本さんや古葉さんがドーンと後ろから見ているだけで、グラウンド内の空気は張り詰めていました。(山本)浩二さんやキヌ(衣笠祥雄)さんといった主力でさえ、ひとつのミスも許されない雰囲気でしたから、僕らのような控え組は言うまでもありませんよね。練習からこういったところでやっていると、試合だからといって改めて構える必要がない。練習と同じ精神状態で試合に臨めるのは結果を残す上では大事なことです。

二宮: そして南海(ダイエー)に移り、現役時代最後の監督は王さんでした。引退後もコーチとして仕えることになりましたが、王さんから受けた影響は?
森脇: 王さんの言葉や姿から発信されるエネルギーは非常に強いものがありました。その源はどこにあるかと考えると、ありきたりな言葉かもしれませんが「どんなことがあっても諦めない」ことに尽きると感じます。王さんが福岡に来てからは苦しいこともたくさんありました。敗戦に怒ったファンから卵を投げつけられたり、球場で「頼むからヤメテクレ」といった横断幕を掲げられたり……。でも、そういった屈辱的な出来事があったとしても、王さんは絶対に白旗を挙げなかった。むしろ「いつか見返してやるんだ」という強烈な思いにあふれていましたね。
 僕も今季、オリックスのコーチとしてファンの皆さんに申し訳ない1年を過ごして「臥薪嘗胆」という言葉を自分の胸に刻んでいます。「どんなことがあっても、1%でも可能性がある限り諦めない」という王さんの姿勢は、このオリックスでも受け継ぎたいし、選手たちにも伝えていきたいと考えています。

二宮: オリックスの新監督として、何から変えていきますか?
森脇: 王さんは「優勝したからこそ、我々は変わらなくてはいけないんだ」とおっしゃっていました。強いチームでさえ、さらなる上を目指して変わろうとしているのに、最下位のチームが変わらないほうがおかしい。僕はそう考えています。何を変えるかということも確かに大事ですが、まずは変化に時間をかけていてはダメなんです。何でもいいから、とにかく一歩を踏み出さないと何も始まらない。固定観念を捨てて思い切って前へ進む。秋季キャンプでは、そのことを選手たちに発信し続けてきました。幸いなことに選手たちもこの点は理解してくれて新たな一歩を踏み出しつつあります。全員が変わることを恐れない組織になっていけば、次は何を改善すべきかという具体論にも入りやすくなると感じています。

<現在発売中の講談社『週刊現代』(2013年1月5日・12日号)では森脇監督の特集記事が掲載されています。こちらも併せてお楽しみください>