一番勝つチャンスがあるのはオランダ戦なのでは
評判が耳に届いていなかったわけではない。彼自身は映像でチェックもした。容易ならざる敵、というのが率直な印象だった。
それでも、4年前にペレとともにブラジルを世界一に導いた男の警告に、耳を傾けるチームメイトはいなかった。
「だってオランダだろ。返ってくるのはそんな反応ばかりだった」
彼は知っていた。相手がフォーメーションにとらわれないサッカーをやってくること。極端なオフサイドトラップとプレッシングを多用していること。背番号14をつけた選手は要注意であること――だが、知っていたのは彼だけだった。
「来るとわかっていたから、わたしはプレスに動じなかった。だが、ほとんどの選手は明らかに面食らってしまっていた」
若かりしマラドーナが憧れた存在であり、後に日本サッカーとも深いつながりを持つことになるロベルト・リベリーノは、依然として口惜しそうに振り返った。ヨハン・クライフの名を世界に轟かせることになった伝説的な一戦の、ブラジルサイドからの証言である。
十数年前にサンパウロにある彼が経営するサッカースクールで話をうかがって以来、ずっと考えてきた。
もしジャイルジーニョやルイス・ペレイラたちがリベリーノの言葉に耳を貸していたら、結果は違ったものになっていただろうか――。
当然、答えなど出るはずもない。ただ、W杯北中米大会の開幕が近づいてくる中、少し違った見方が浮かんできた。
仲間たちは耳を貸さなかった。リベリーノは口惜しそうだった。まったく違っているように思えた両者だが、しかし、オランダに対する視線が「上から」であることは共通していた。どちらも、過去の格付けから脱却できてはいなかった。
74年と言えばいまから52年前のこと。サッカーの質は別物といっていいぐらいに違っている。だが、やっている相手のメンタリティーはどうだろうか。
先週末の壮行試合でアイスランドに1-0で辛勝した日本の状況は、オランダにも伝えられた。「やっぱり日本は大したことがない」という声があれば「警戒を怠るべきではない」という反応もあった。
どちらの声も、とどのつまりは「上から」だった。ウルグアイやアルゼンチンを蹂躙していたオランダを「たかが」としか見られなかった74年のブラジルのように、26年のオランダには、ブラジルやイングランドを倒した日本が、それでも明らかな格下に見えているらしい。
W杯本大会に参加する多くの国が、現地でいくつかの親善試合を実施する一方で、日本はU-19日本代表とのトレーニングマッチしか行わないことになっている。オランダにとっては、アイスランド戦が最後にして最新の日本情報ということになる。
彼らの立場からすれば、6月14日の先発メンバーを予想するのは、簡単なことではない。
ご存じの通り、アイスランド戦では鎌田がメンバー外だったが、わたしの知る限り、オランダのメディアでそのことを苦戦の原因としてあげているところは一つもなかった。見方を変えれば、鎌田をさほど要注意人物とは見ていない、ということだろう。
オランダは強い。グループ最大の強敵ではある。ただ、アイスランド戦後の彼らの反応を見て、一番勝つチャンスがあるのはオランダ戦なのでは、という思いが日々強まっている。
<この原稿は26年6月4日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>