日本は世界の頂点に近づいていく

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 90年W杯イタリア大会予選を戦ったメンバーの多くは、4年後のドーハにもいた。カズも、ラモスも、中山も、横山監督時代に代表に呼ばれた選手だった。

 

 だが、結果はまるで違った。横山体制ではアジアの1次リーグすら突破できなかった選手たちは、ハンス・オフトのもと、あと一歩でW杯出場を果たすところまで上り詰めた。

 

 当時、横山監督が批判を受けた一方で、オフトは名将に祭り上げられたが、わたしはいつまでも、両監督の間にそれほどまでの力量差はなかったと信じている。

 

 ただ、“信じさせる力”は明らかに違っていた。90年大会を目指した日本代表に、自分たちが本気でイタリアに行けると信じていた選手は圧倒的に少数派か、もしかすると皆無だったかもしれない。だが、ドーハを戦ったメンバーは、半信半疑の部分がなかったとまではいわないものの、予選突破が全員の共通認識になっていた。「わたしの仕事は日本をW杯に連れて行くことです」というオフト監督の就任時の言葉が、選手たちの意識を変えたのである。

 

 4年前にカタールでのW杯を経験したメンバーの多くは、今大会にも名を連ねている。率いているのも同じ森保監督である。欧米のメディアの中には、ゆえに日本を大会のダークホースと見なすところもある。ドイツやスペインを逆転で倒し、クロアチアとPKにもつれこんだチームがより成熟した。だから期待できる、というわけだ。

 

 その見方が間違っている、とは思わない。わたし自身、めちゃくちゃ期待もしている。ただ、その理由は成熟したから、ではない。海外でプレーする選手が増えたから、でもない。

 

 森保監督が、明確にW杯での優勝を目標に掲げたから、である。

 

 長くスポーツを見てきたが、団体スポーツの場合、いわゆる“無欲の勝利”はいよいよフィクションの世界にしか存在しないものになっている。勝つために最善の方策を尽くしたチームが、“当たって砕けろ”的手法しか持たないチームに負ける可能性は低い。そして、本気で勝てるとは思っていない人間の群れは、どれほど有益な情報が得られたとしても、勝つために貪欲な集団ほどには理解も活用もできない。

 

 4年前の日本は、森保監督は、言ってみれば無欲の集団であり監督だった。今回は違う。90年大会と94年大会の日本代表ぐらい違う。高い目標を掲げた者が必ず高みにたどりつけるとは限らないが、しかし、たどりつくための最低条件を今回の日本代表はクリアしている。

 

 もちろん、掲げた目標の大きさは、敗れた際の痛みの大きさにも直結する。仮に早期敗退でも喫しようものなら、そこら中から「やはり日本には無理だった」といった声が噴出することも考えられる。

 

 だが、おそらく、というか、ほぼ間違いなく、日本が世界の頂点に近づいていくという流れは変わらない。

 

 米国にたどりつけなかったオフトたちの教訓は、4年後、しっかりと生きた。今回のW杯がどんな結果に終わろうとも、次の大会での日本は、世界にとってより危険な存在になっていることだろう。

 

 6月3日からJヴィレッジで開催されていたU-16インターナショナル・ドリームカップは、コートジボワール、フランス、アルゼンチンを連破した日本が大会6連覇を飾った。監督に与えられるまでもなく、自分たちで世界の頂点を目指そうと考えられる世代が、息吹き始めている。

 

<この原稿は26年6月11日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>

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