第839回 長嶋茂雄はAI搭載のターザン
さる6月3日は、“ミスタージャイアンツ”そして“ミスタープロ野球”と呼ばれた長嶋茂雄の一周忌だった。
長嶋を「ユニホームを着たターザン」と評したのは、評論家の大宅壮一だと言われている。野性味あふれるプレースタイルは、ターザンそのものだった。
通算444本塁打のうち、プロ野球の歴史を変えた1本といえば、1959年6月25日、対阪神との天覧試合で、宿敵・村山実から奪ったサヨナラホームランにととどめを刺す。
この時、後楽園球場の時計の針は午後9時12分を指していた。天皇・皇后両陛下の観戦終了予定時刻は午後9時15分。すなわち、あと3分遅かったら両陛下は、劇的な結末を見ることなく球場を後にしていた可能性が高いのだ。
別の視点で見れば、このサヨナラ弾は、プロ野球が職業野球と蔑まされた時代からの決別を告げるものでもった。両陛下が最後まで見届け、歴史の証人となったことで、プロ野球は「菊の御紋」のお墨付きを得ることに成功したのである。
実はミスター、天覧試合の前までは、極度のスランプに喘いでいた。そこで何をしたか。
<最寄りの駅でありったけのスポーツ紙を買ってきて、一面のトップ記事をひろげ、自分で大見出しを書き込んだ。赤、青、黄色、緑のマジックで「長嶋サヨナラ本塁打」「長嶋逆転満塁本塁打!」と大きく書き込んでいく。白黒の新聞にカラーで派手に殴り書きした。「天覧試合でサヨナラ打」と書き、監督談話もつくった。「水原監督の話 長嶋の一発に尽きる。さすがにゴールデンルーキー。歴史に残る一発だ」。この創作新聞が現実のものとなるとは、プラス思考のイメトレ効果は絶大である>(自著『野球は人生そのものだ』日本経済新聞出版社)
日本で「イメージトレーニング」なる言葉が聞かれるようになったのは、64年東京五輪前後だから、この数年後のことだ。ミスターの先見性に驚く。さしずめ今ならAIを搭載した「ターザン」だったと言えよう。
<この原稿は2026年6月22日号『週刊大衆』に掲載されたものです>
