2020年東京五輪・パラリンピックの招致活動も、いよいよ佳境を迎えていますね。今年9月にはアルゼンチン・ブエノスアイレスで行なわれるIOC(国際オリンピック委員会)総会で開催都市が決定します。それに向けて、招致委員会や東京都を中心に、活動が活発化してきており、支持率も上がってきていると言われています。
(写真:憧れの選手たちを前に満面の笑顔を見せる子どもたち)
 私は「国や地域、年齢、性別、障害、職業などの区別なく、すべての人が幸せに暮らせる社会づくり」を目指し、05年にNPO法人STANDを設立しました。これまでさまざまな活動を行なってきましたが、今年から新たなプロジェクトが動き出しました。「キッズ・チャレンジ・プロジェクト」です。その名の通り、子どもたちに幅広くスポーツや遊びを体験してもらおうというものです。

 同プロジェクトには、障害の有無はまったく関係ありません。健常な子どもも、身体・知的・精神に障害のある子どもも、誰でも参加できます。また、その内容も多岐にわたっています。カヌーやサーフィン、乗馬、スキー、さらには車いすテニスなどの障害者スポーツも含まれており、まさにオールジャンルになっています。

 これまでもこうした子どもたちを対象とした体験型プロジェクトは、さまざまな団体が活発に行なっています。しかし、健常な子どものみが対象であることが一般的です。しかし、「キッズ・チャレンジ・プロジェクト」では、健常な子どもと障害のある子どもが、同じ空間・環境で同じ時を過ごし、そして遊んだりチャンレンジしたりするのです。

 一人の熱い志からの広がり

「キッズ・チャレンジ・プロジェクト」がスタートしたきっかけは、ある方の熱い志にあります。同プロジェクトのディレクターを務める坂口剛さんです。坂口さんには9歳と6歳の2人の息子さんがいらっしゃいますが、長男の竜太郎くんは2歳の時に不慮の事故で下半身不随となり、車椅子の生活をしています。坂口さんは竜太郎くんが幼少の頃から、いろいろな所に連れて行き、さまざまなことにチャレンジする機会をつくってきました。その一つが車いすテニス。今、竜太郎くんが最も熱中しているスポーツであり、北京、ロンドンと男子シングルスで史上初のパラリンピック連覇を果たした国枝慎吾選手が目標。つまり、世界一になるという夢を持っているのです。

(写真:自然とのふれあいもまた、子どもたちにとっては大きな経験となる)
 また、坂口さんは息子さん2人と近所の子どもたちと山や海に行き、さまざまな体験の機会をつくってきました。実は、私も何度かご一緒したのですが、そこでの子どもたちの笑顔は、見ている方を幸せにしてくれます。そして、どの子が障害のある子かなんていうことはまったく見分けがつかなくなります。どの子どももみんな、本当に楽しそうで、いつのまにかどんな障害があるかは関係なくなっているのです。子どもにとっては障害の種類や有無を意識しない遊びの経験が、まさにユニバーサルな概念のきっかけとなるはずです。そんな彼ら彼女らが大人になった時、日本はきっとユニバーサル社会の実現に、確実に歩を進めていることでしょう。

 子どもたちのそんな姿に、私は以前から思い描いていた「障害のある子どもが夢を持てるような活動をしたい」という思いを強くしていきました。一方、坂口さんは竜太郎くんの楽しそうにしている姿を見て「もっと多くの障害のある子どもたちに、こうした体験の機会をつくりたい」という思いが膨らんでいたようです。すると、どちらからともなく、プロジェクトの立ち上げの話が浮上し、「では、STANDの事業として本格的に展開していきましょう」ということになったのです。

 「子どもたちの笑顔が見たい」

 以下の文は、今回コーディネーター役を引き受けていただいた坂口さんの、このプロジェクトへの思いです。

<私には、障害を持った子どもがおります。彼は、不慮の事故にて2才という若さで一生車いす生活を余儀なくされました。彼は現在、幸運にも車いすテニスという素晴らしい競技と出会うことができ、日々の活力を得ることができました。しかし、我が子が車いすテニスに出会うまでは、幾多の困難がありました。車いすでできるスポーツにはどんなものがあるのか、それはどこでできるのかがまったくわからなかったのです。

インターネットが普及したこの時代、情報だけなら一昔前とは比べ物にならないはず…しかし、障害者スポーツは、その情報すら発信されていない…近所のスポーツクラブに行っても、「車いすでは…」や「教えられないから…」「他のお子さんに迷惑が…」など本当に辛い経験を幾度となくしました。

私は、そんな閉鎖的な障害者スポーツに対する考えに一石を投じることは出来ないだろうか?と考える様になりました。

このチャレンジは、障害者スポーツを含めたスポーツという素晴らしい文化を通して、「もっともっと子どもたちの笑顔を増やしたい」というものです。>

 残念なことに、現在の日本では「障害者」は特別な人たちとして扱われています。少しずつ変わってきているとはいえ、まだまだ障害者に対する認知や理解は不足しています。そして、障害のある子どもたちの中には、家に閉じこもりがちで、さまざまな経験が少ない。したがって成功体験が乏しく、自分に自信を持てずにいる子どもも少なくありません。

「キッズ・チャレンジ・プロジェクト」で多くの体験をすることで、「自分にもこんなことができるんだ」という発見があるはずです。すると、他にもいろいろなことができるという意識になり、さらには「将来は○○をしてみたい」という夢を抱く気持ちへとつながっていくに違いありません。もちろん、それはスポーツでなくてもいいのです。「キッズ・チャレンジ・プロジェクト」は障害があってもなくても、すべての子どもが夢をいっぱい持つことのできる社会を目指して始動します。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。