1日に12球団一斉にスタートしたプロ野球のキャンプが終わり、23日からはオープン戦が始まりました。WBCで主力選手が抜けている球団もあり、逆に言えば、例年以上に若手にはチャンスが与えられるオープン戦となることでしょう。3月29日の開幕に向けて、各球団がどんな戦い方を見せてくれるのか。そして、どんな選手が台頭してくるのか。シーズンを占う意味でも、今年もオープン戦が楽しみです。
 さて、私は10日から阪神のキャンプを視察してきました。毎年のように訪れていますが、これまでで最も活気のあるキャンプだったような気がします。若手が多かったこともあり、声も大きく出ていましたし、動きも軽快で仕上がり具合も例年以上に早いように見えました。

 評判通りの好投手・藤浪

 今年のキャンプ、阪神で一番の注目と言えば、やはりルーキーの藤浪晋太郎でしょう。昨年、甲子園で投げる姿をテレビで何度も観ましたが、長い腕をしならせて、うまく投げているという印象でした。果たして、実際はどんなピッチングをするのか、キャンプで見るのを非常に楽しみにしていました。

 生で見た感想はというと、やはりイメージ通りの素晴らしいボールを投げていました。特に印象に残ったのはストレートとカットボールです。しっかりと指にかかった時のストレートは、プロの一軍でも通用するほどの球威があり、テレビで観た通り。そして甲子園で冴えわたっていたカットボールも右打者のアウトコースに決まり、キレ、コントロールともに申し分ありません。あとは逆サイド、つまり右打者のインコースや、打者の胸元を突くといった、横にも縦にもコントロールの幅が広がると、さらにいいですね。

 藤浪は、ブルペン練習の最後に必ず3球、アウトローにストレートを投げていました。普通は「ラスト1球!」と言いながら、思うところに決まらず、実際に終えるには2、3球投げるということがよくあります。しかし、藤浪はしっかりと「ラストボール」を決めていました。その姿ひとつとっても評判通り、高卒ルーキーとしてはひとつ、ふたつ上のレベルのピッチャーだなと感じました。

 とはいえ、課題がないわけではありません。一番の課題は、疲労がたまるとボールが抜けてしまうということです。その原因は体の使い方にあります。キャンプの終盤によく見受けられたのですが、疲労で下半身が使えなくなってくると、上半身頼りとなってしまうのです。そうすると、腕が最短距離で出ずに遠回りになるために腕が遅れて出てくる。リリースポイントが早くなり、ボールが抜けてしまうのです。

 上半身で投げる場合、たいていのピッチャーは体を開くことで体を回転させてリリースポイントが早くならないようにします。ところが、絶対にしてはいけないと思っているのでしょう、藤浪の体は開きません。しかし、体を開かないように我慢したまま投げようとしているために、体が回転しないままの無理な体勢となり、腕が遠回りになってボールを放す位置も早くなっているのです。ボールが抜けるのは、それが原因です。常に下半身主導のピッチングができるように、これから鍛えていく必要があります。

 体重移動の完成は後ろ足のひねり

 昨年5位と低迷した阪神ですが、チーム再建のためには先発ローテーションの安定化が必須です。現在、ローテ―ション入りが確実視されているのは4人。能見篤史、岩田稔、スタンリッジ、メッセンジャーです。この4人に続く5番手、6番手に入るのは誰なのかが今、注目されています。

 候補の一人に浮上しているのが、プロ4年目の秋山拓巳です。第3クールから一軍キャンプに合流した秋山ですが、昨季と比べると、非常にいい状態に映りました。秋山はもともとストライク先行で追いこみ、勝負するというピッチャーです。ところが、昨季は初球からボール先行ということも少なくなく、カウントが取れずに苦しんでいる姿がしばしば見受けられました。しかし、今キャンプでは違いました。練習試合でも積極的にカウントを取りにいき、ストライク先行のピッチングをしていたのです。

 秋山がさらにレベルアップするためには、もう少し体重移動がうまくなることが挙げられます。よく「前に踏み出した足に体重を乗せろ」と言われますが、そのためには実は、後ろ足がポイントとなるのです。ピッチングは軸足に体重を乗せ、それから踏み出す足に体重を移動させていきます。しかし、それで終わりではありません。その時に後ろ足の内側、股関節をひねって初めて「体重移動」が完成されるのです。しかし秋山には、その後ろ足のひねりが弱いのです。この部分が強くなり、さらに体重がしっかりと乗れば、球威もスピードも増すでしょう。

 先発同様、必須なのがメジャー移籍した藤川球児のいなくなったクローザーのポジションです。白羽の矢が立ったのは、久保康友。本人の言葉通り「やってみないことには、わからない」というのが正直なところでしょう。しかし、彼はボールが先行して大崩れするようなピッチャーではありませんので、それなりにこなすのではないかと思っています。

 クローザーに求められるのは、主に絶対的なウイニングショット、抜群のコントロール、そして何に対しても動じないメンタルの強さです。この「動じない」というのは、単に気が強いというだけでなく、常に冷静に自分や周りを分析できる力のこと。そういう点では、久保は心配いりません。経験豊富なピッチャーですから、うまく対応するのではないかと思います。

 「5番・鳥谷」構想

「優勝するためには開幕ダッシュが必須です」
 そう和田豊監督が語るように、昨季5位と低迷した阪神には、のんびりとしている余裕はありません。私も、今年の阪神はオープン戦から結果を出し、開幕ダッシュに成功すれば、台風の目となると思っています。そのために必要なのは、投手陣の安定に加え、昨季課題だった得点力アップです。

 とはいえ、新外国人のコンラッドは、パワーヒッターではなさそうですので、長打力が期待できるのはマートンのみ。ですから、私はマートンを4番に据えていいのではないかと思っています。では、4番候補に挙がっている鳥谷敬はといえば、タイトルを狙うのであれば3番ですが、打線のつながりを考えると5番です。そして3番には新加入の福留孝介です。

 このクリーンアップの狙いを説明しましょう。福留は広角に打てる巧打者ということに加えて、5年間日本球界を離れていましたから、データが不足しています。投手陣は非常に神経をつかうことでしょう。その後には一発もあるマートンが控えていますから、より神経をつかうはずです。そして、鳥谷です。彼は選球眼がよく、際どいコースをきっちりと見分けてきます。福留、マートンと神経をつかった後の鳥谷の選球眼ほど嫌なものはありませんから、彼の存在がよりいかされることでしょう。

 鳥谷と同様に4番候補に浮上しているのが新井良太ですが、私は4番に座らせるよりも、6番や7番といった、ある程度自由に打つことのできる打順の方が、彼の力が発揮されやすいと思っています。さて、和田監督は果たしてどんなオーダーを組んでくるのでしょうか。自分の予想と比べながら見てみるのも、楽しみのひとつ。まずはオープン戦で阪神がどう勢いをつけるのか、そして藤浪のピッチングがどこまで通用するのかに注目したいと思います。

佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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