野村克也監督の「チーム優先主義」こそ最強野球だ ~飯田哲也氏インタビュー~

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 俊足・強肩・巧打を兼ね備えたリードオフマンとして、1990年代のヤクルト黄金期を支えた飯田哲也さん。今季のヤクルトの躍進や現役時代の思い出を当HP編集長・二宮清純と語り合う。

 

二宮清純: 現在(7月中旬時点)、ヤクルトが好調です。村上宗隆選手(ホワイトソックス)がメジャーに移籍したこともあり、シーズン前は最下位を予想する評論家ばかりでしたが、完全に予想を覆しました。

飯田哲也 実は私も驚いています。オフシーズンに池山隆寛監督に会った時、「2~3年間は育成でいいのではないですか」と話したのですが、監督は「いや、勝負にいきます」と。それでも内心「難しいだろうな」と思っていたら、あれよあれよという間に貯金をつくり、今に至ります。

 

二宮: 何が変わったのでしょうか。

飯田: 選手が楽しそうなんですよ。池山監督が「失敗OK」みたいな感じなので、選手たちは、失敗を恐れずにのびのびやっている。監督はノリがいいので、今の選手たちには、ああいう人の方が合うのかなと思います。

 

二宮: キャッチャーを3番に据えるなど、采配では驚くことがいっぱいあります。

飯田: 古賀優大選手は結構バッティングがいいので、今の戦力を考えれば3番もうなずけます。ただ、ドミンゴ・サンタナ選手が2番で岩田幸宏選手が5番とか、打順がコロコロ変わるし、4番もよく変わる。それでも勝っているところを見ると、やり方として正解なのでしょうが、正直不思議です。

 

二宮: 私が球場で何試合か見た時は内山壮真選手が4番でした。身長は172cm。元々、高校時代から打撃には定評がありましたが、まさかプロで4番を打つとは……。

飯田: たぶん、今のヤクルトにはホームランという概念は薄いんだと思います。村上選手が抜けた時点で、基本はつないでいこうという戦い方にチェンジした。

 

二宮: ピッチャーに目を転じると、クローザーのホセ・キハダ投手の存在が大きいですね。

飯田: おっしゃるとおりです。9回の柱ができたことで、セットアッパーの清水昇投手などが生き返りました。

 

二宮: ヤクルトにとって、ここから先の課題は?

飯田: けが人が出ると怖いですね。それと気がかりなのは、夏場です。レギュラーとして年間通して戦ったことのない選手が多いので、疲労の蓄積が少し心配です。

 

二宮: 最近の夏の暑さは異常だし、神宮球場は空調がないから大変でしょう。

飯田: 池山監督は、練習は半ズボンでやらせる、時間も短くするなどして、疲労を溜めない工夫しているようです。

 

二宮: 暑さ対策という点では、ドーム球場を本拠とするチームが有利ですか。

飯田: 実はそうとも言い切れません。私も福岡ドームを本拠とするソフトバンクでコーチをやっていましたが、ドームではない球場で試合をした時にへばってしまうんです。だから夏バテ対策の練習として、ドームの外でランニングをやらせたこともあります。

 

二宮: なるほど。そうすると、逆にヤクルトの選手がドームでやる時はやりやすいと?

飯田: すごく快適に感じるようですね。

 

二宮: 飯田さん自身のお話をうかがいます。ヤクルトにはドラフト4位で入団。もともとはキャッチャーでしたよね。

飯田: はい。ただ、高校時代は、3年時の1年間しかキャッチャーをやっていないんですよ。それまでは、内野や外野をやっていました。だから「元キャッチャー」と言われることに若干違和感がありました。

 

二宮: 野手に転向したきっかは?

飯田: 入団4年目に野村克也さんが監督に就任して、キャンプでキャッチャーが集められ、そこでいろいろと適性検査がありました。集められたのは、八重樫幸雄さん、秦真司さん、新人で入ってきた古田敦也さんなどです。

 

二宮: 適性検査とは?

飯田: ピッチャーの球を受けてからセカンドに送球するまでの時間とか。それで野村監督は、古田さんを正捕手に選んで、「お前は足が速いから」という理由で私はセカンドへコンバート。個人的にキャッチャーに固執していたわけではなかったので、正直、古田さんが来てくれて「助かった」と思いましたね(笑)。

 

二宮: 飯田さんは、この年117試合に出場し、打率2割7分9厘、29盗塁をマークしました。91年には、センターにコンバートされ、ゴールデンクラブ賞も受賞。この頃から飯田さんは、「俊足・強肩・巧打」の外野手として、野村野球に欠かせない選手となっていきました。ところで、野村監督がやってきた年の最初のユマ・キャンプは、どうでしたか。

飯田: 私の野球観を180度変えられました。毎日、野村監督の話をノートに書き込むことで、監督の野球観を植え付けられました。何しろ、その通りにしないと試合で使ってくれませんでしたから。

 

二宮: どんな話が多かったのでしょうか。

飯田: ひと言で言えば、チーム優先主義です。「個人のことはもう捨てろ」と。私には、「脇役に徹しなさい。ヒーローは3番・4番・5番に任せて、お膳立てをするのがお前の仕事だ」と。こうした教えを綴ったノートは全部で4冊になりました。

 

二宮: そのノートは、その後のコーチとしての仕事にも役立ちましたか。

飯田: もちろんです。私は今でも野村野球が最強だと思っています。

 

(詳しいインタビューは7月31日発売の『第三文明』2026年9月号をぜひご覧ください)

 

飯田哲也(いいだ・てつや)プロフィール>

1968年5月18日、東京都調布市出身。拓大紅陵高校を経て、87年ドラフト4位でヤクルトにキャッチャーとして入団。90年、野村克也監督に身体能力の高さを買われ、野手に転向。91年、センターに固定されると、この年から7年連続でゴールデングラブ賞を受賞。92年に27連続盗塁のセリーグ記録を樹立し、盗塁王を獲得するなど、90年代ヤクルト黄金期にリードオフマンとしてチームを牽引した。2004年オフに東北楽天へ移籍。06年の現役引退後は、ヤクルトや福岡ソフトバンクでコーチを務めた。現在は、母校・拓大紅陵高校野球部の非常勤コーチや解説者として活躍。

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月刊誌「第三文明」で2010年1月号より好評連載中の「対論×勝利学」は、 二宮清純が一流アスリートや指導者などを迎え、勝利への戦略や戦術について迫るものです。 現場の第一線で活躍する人々をゲストに招くこともあります。 当コーナーでは最新号の発売に先立ち、インタビューの中の“とっておきの話”をご紹介いたします。

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