本気じゃなかったと思わざる得ない協会の監督続投決断
東京は暑い。エアコンがなければ原稿を書くこともままならないだろう。だが、この東京よりも暑く、かつエアコンが使えなくなってしまった地域がある。いま東京在住の一ライターにできるのは、この酷暑がさらなる犠牲者を生まないよう祈ること、ぐらいしかない。
さて、早いものでW杯ブラジル戦の逆転負けから1カ月が経った。日本サッカー協会はアジア杯まで森保一監督を続投させることを決め、後任には大岩剛五輪監督が就くことも発表された。
本気じゃなかったんだな、というのが一報を聞いての率直な感想だった。
大会直前、さらには期間中にもケガ人が続出したことを思えば、日本代表はよくやった。ブラジル戦ではリードを奪ってから守りに入ったことが批判されたが、森保監督は守りに入らなかったロシアでのベルギー戦で何が起きたか、誰よりもよく知っている。個人的には、それでもベルギー戦のように撃ち合いを演じてほしかったという思いも捨てきれないが、専守防衛というやり方を選んだ森保監督やスタッフの気持ちは理解できる。
ただ、選択の是非はともかく、日本はベスト32で敗退した。優勝を目標としたチームとしては、大失敗としかいいようのない成績である。
なのに、監督は続投?
わたしはいわゆる“アンチ森保”ではない。それでも、目標にまったく届かなかった指揮官を、何事もなく続投させた協会の決断には首を傾けざるを得ない。「日本をW杯に連れて行く」と宣言したハンス・オフトは、連れて行けなかった時点で首を切られた。あのときは、選手も、ファンも、協会も、行くことに本気だった。ゆえのオフト解任だった。
森保監督は本気だった、と思う。おそらくは、選手も。そう信じたい。だが、協会は違ったらしい。どうせ無理。そんな前提がなければ、目標より4段階も前で敗退した指揮官を続投させるはずがない。
というか、させてはいけない。
もちろん、新監督の決定、招聘にあたっては外部では窺い知れない事情もあるのだろう。それでも、無風としか思えない経過を経ての続投決定には、ガッカリした。
森保監督は全面的に正しく、このやり方を続けていけば日本が世界の頂点に立つ日は近いと確信した。なので、イズムを継承すべく大岩監督を後任に選んだ――という前提以外では、ありえない続投決定だった。
しかも、日本の立ち位置を考えた場合、4年後の世界一を目指すためにはほとんど一刻の猶予もない。半年も現状維持が許されるのは、世界一をまったく目指さない国だけ、である。
W杯優勝といういまの身の丈に合わない目標を掲げたことについての批判はある。わたし自身、今回のW杯で日本が優勝できると思ったことは一度もないし、おそらくは4年後も無理だろうとは思っている。
ただ、それでも日本サッカー協会は身の丈に合わない目標を掲げ続けてほしい。掲げ続ければ、身の丈が目標に見合ってくる。たとえば、「ピレネーを越えればアフリカだ」とナポレオンに言われた国のように。
W杯優勝など夢のまた夢だった時代から、スペイン人は大会のたびに期待し、大会のたびに打ちのめされてきた。コロンビアやベルギーとの違いは、そこにあったとわたしは思う。なので、協会の宮本会長にお伺いしたい。
「あなたは、今回のW杯で打ちのめされましたか?」
<この原稿は26年7月30日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>