ロックと違い生き残ることが難しいサッカーの“古いもの”

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 かれこれ四半世紀以上前の話になる。

 

 ある著名な方にインタビューをさせていただくことになった。ロック好きで知られる方だったこともあり、いつもよりは緊張せずに取材に臨めた記憶がある。世代的には先方の方が一回りほど上だったが、こちらもハードロック、ヘビーメタルを愛する身。ちょっとした親近感を抱いてしまっていたのだ。

 

 幸い、取材はうまくいった。ただ、別れ際に先方の口から出た言葉に、取材の手応えは吹き飛ばされてしまった。

 

「ヘビーメタル? 嫌いですね。あんなのはロックじゃないし、音楽ですらない」

 

 確かにストーンズに比べればヘビーメタルはやかましい。毛嫌いする人が多いのも、騒音扱いする人が多いのも知ってはいた。だが、ロックを愛する人から全否定されたのは衝撃だった。

 

 なるほど、そういうことだったのね、といまになって思う。

 

 専門家ではないので間違いや誤解があったらご容赦いただきたいが、ロックの歴史は、ざっくり言えばスピードと音量を追求してきたものだとわたしは認識している。もっと速く。もっと激しく。ロックからハードロックが生まれ、そこからメタルが生まれた。

 

 これって、サッカーの歴史そのものではないか。

 

 大変な盛り上がりを見せた今回のW杯だが、「最近のサッカーはつまらなくなった」といった意見を目にした方もいらっしゃるのではないだろうか。実を言えば、かくいうわたし自身、以前に比べれば間違いなくサッカーを見るという行為にエネルギーが必要になってきている。「見たいから見る」というよりは「見なければならないから見る」。昔のように、結果のわかった試合であってもじっくりと観賞する、といったことは完全になくなった。

 

 サッカーが嫌いになった、というわけではない。ただ、ストーンズ愛好家にとってのメタルがやかましすぎたように、現代のサッカーは速すぎ、激しすぎなのかもしれない。ロックにあった間や余韻が好きだった人が、メタルに無機質さを感じていたのだとしたら、わたしがいまのサッカーに感じるのもまさに“それ”である。

 

 ただ、依然としてロックというジャンルが健在な音楽界と違い、サッカーの世界で“古いもの”が生き残っていくのは簡単なことではない。トレーニングよりも酒とたばこを愛するような異端児は、出現することすら許されないだろうし、そうした存在に郷愁を覚える層自体が、すでに絶滅しつつある。

 

 いわゆるポップミュージックの世界では、イントロを極力短くし、すぐサビの部分に持っていくという傾向があるという。おそらくはサッカーも、優雅な中盤の攻防よりは直截的なゴール前での攻防が求められるようになる。試合時間は細かく分割され、選手たちは20分程度のスプリント・ゲームを4回プレーするようになるのではと予想する。

 

 当然、選手たちに要求される資質も、監督に求められる能力も変わる。アメフトやバスケのように、最後のクオーター、ピリオドに盛り上がりが最高潮を迎える、というのがサッカーの常識になるかもしれない。

 

 だが、それもまたサッカーである。「最近のサッカーはつまらない」という言葉は、「ストーンズはいいがジューダスはクソ」と言っているに等しいとわたしは思う。意味がわからない? 年寄りのいうことがいつも正しいとは限らない、ということです。

 

<この原稿は26年8月13日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>

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