【ダルビッシュは“エース”へと進化するのか】

 2013年MLB最初の“マスターピース(絶品のパフォーマンス)”は、レンジャーズの開幕2戦目に先発したダルビッシュ有よりもたらされた。
 4月2日のアストロズ戦で、ダルビッシュはなんと9回2死までパーフェクトを続ける快刀乱麻。最後の最後で無名選手にセンター前ヒットを許して大記録達成はならなかったものの、14三振を奪うほぼ完璧な投球で全米を騒然とさせた。
(写真:全米各地で熱い戦いの火蓋が切られている)
 ノーヒット・ノーランや完全試合の達成には、少なからずの幸運が必要だと考えられているのは事実ではある。しかし、この試合中に奪った27回という空振りの数は、過去5年のメジャーで2番目の多さ(1位は昨季、フランシスコ・リリアーノ(ツインズ、現パイレーツ)が記録した30回)だったことが示す通り、アストロズ戦でのダルビッシュの支配ぶりは紛れもなく本物だった。相手打線の弱さを差し引いても、見事な投球だったと言ってよい。

 1年目に16勝を挙げたダルビッシュの2年目に対する注目度はもともと高かった。「スポーツ・イラストレイテッド」誌電子版の今季大予想では、記者7名のうち3人がサイ・ヤング賞候補に推したほど。その高いポテンシャルが今季最初の登板でいきなり裏付けられたと言ってよいのだろう。
(写真:ダルビッシュを擁するレンジャーズのロン・ワシントン監督にとっても楽しみなシーズンとなるはずだ)

 もちろんシーズンはまだ始まったばかりで、これから先、苦しい時期も迎えるのかもしれない。しかし、今季のダルビッシュには完全開花への大きな期待がかかる。2013年は、“日本のエース”が“MLBのエース”にのぼり詰める年となるのだろうか。

【優勝争いの行方は】

 今季の優勝候補には、一般的にナ・リーグではナショナルズ、レッズ、ジャイアンツ、ア・リーグではレイズ、タイガースを挙げる声が多い。

 中でも最もバランスの良い戦力を揃えていると言われるのが、昨季もナ・リーグ最多となる98の勝ち星を挙げたナショナルズである。ジオ・ゴンザレス、スティーブン・ストラスバーグ、ジョーダン・ジマーマンと本格派先発投手を揃え、ブルペンにも通算132セーブのラファエル・ソリアーノが加わって層が厚くなった。ライアン・ジマーマン、ジェイソン・ワースらを中軸に据えた打線も強力で、しかも20歳の怪童ブライス・ハーパーが開幕戦で2本のホームランを放って順調な成長ぶりを印象づけている。
(写真:昨季は打率.270、22本塁打で新人王。ハーパーにはさらなる飛躍が見込まれる Photo By Gemini Keez)

 攻守ともに、タレントの数はすでに十分。あとは昨季プレーオフ・ディビジョンシリーズで苦い敗戦を味わったチームの精神的な成長度がポイントになる。
 現存するナ・リーグ15球団の中では唯一、ワールド・シリーズ出場経験のないナショナルズは、今季、ついに悲願を果たせるのかどうか。ストラスバーグ、ハーパーといったビッグスター候補を擁しているだけに、順調に勝ち進めばプレーオフの時期には全米の注目を集めそうである。

 ナショナルズ以外では、ナ・リーグでは4年間で3度目の世界一を狙うジャイアンツ、ア・リーグではジョシュ・ハミルトン、アルバート・プホルス、マイク・トラウトと揃う驚異の打線を完成させたエンジェルス、今オフ、大補強を展開したブルージェイズ、去年のワールドシリーズで4連敗を喫した雪辱を期すタイガースなども興味深いチームと言える。両リーグとも、群雄割拠の中で楽しみな争いがシーズンを通じて続きそうだ。
 
【王国失墜?】

 かつて“悪の帝国”とまで呼ばれたヤンキースは、今季は“ここしばらくで最も心もとない陣容”と呼ばれるメンバーでスタートを切っている。

 昨季、フランチャイズ記録の245本塁打を記録した打線からは多くのキープレーヤーが抜け、アレックス・ロドリゲス、デレック・ジーター、マーク・テシェイラ、カーティス・グランダーソンといった主力たちも故障離脱。おかげで開幕戦の時点で、ケビン・ユーキリス、バーノン・ウェルズ、トラビス・ハフナーといったジャーニーマンたちが中軸に名前を連ねる寂しい状況となった。
(写真:A・ロッドも夏場あたりまで復帰できず、ヤンキースは苦しい戦いとなりそうだ)

 先発投手陣も開幕戦では頼みのCCサバシアが精彩を欠き、2戦目では黒田博樹が2回に負傷降板。まさに緊急事態が相次ぎ、宿敵レッドソックスに開幕から2連敗を喫してしまった。

 今後、ケガ人が続々と復帰すれば、徐々に士気が高まっていく可能性はあるだろう。しかし、今季は全体的に層の薄さは否めないだけに、さらに故障者が増え、ジリ貧に陥る最悪のシナリオも考えられない話ではない。

 この苦況の根本には、「2014年までに贅沢税がかからない1億8900万ドル以下に総年俸を引き下げる」という意外な経費削減政策がある。
 これからも苦戦が続いたとして、資産価値では依然としてメジャー最高(フォーブス誌調べ)であるはずのヤンキースはそれでも不可解な緊縮財政を継続するのか。あるいは業を煮やし、シーズン途中にでも大物選手をトレードで獲得に行くのか。フィールド上の戦いとともに、今季はフロントの動きにも視線が集まり続けるシーズンとなりそうな予感がある。

【WBCで活躍した選手たちは?】

 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開催された年には、出場選手たちのコンディションがシーズン中に心配されるのも恒例になっている。
 これまでの統計では、WBCに出場したからといってケガの可能性が高まることはないという。しかし、今大会で優勝したドミニカ共和国は特に大会を通じて全力プレーを続けただけに、反動が少々気にかかるところではある。
(写真:ドミニカの先発投手として活躍したエディソン・ボルケス(パドレス)は今季はどんな1年を過ごすのか Photo by Antonio Gil)

 決勝戦で右手親指を骨折したハンリー・ラミレスが2ヶ月以上離脱と診断された際には、所属するドジャースのドン・マッティングリー監督は不満を隠さなかった。レイズのジョー・マドン監督も、WBCで計7セーブを挙げたフェルナンド・ロドニーが疲労を蓄積させているのではないかとの懸念を漏らしている。

 まだ3回目と歴史の浅いWBCだけに、1回ずつが重要なテストケース。今春に活躍した選手たちがどんなシーズンを過ごすか、スタミナ切れを起こすのか、あるいは早い仕上がりで好成績を残すのか、目を光らせている関係者は少なからず存在するはずだ。WBCの今後の開催時期の問題にも関係するであろうだけに、2013年シーズンは貴重なサンプルになることだろう。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。
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