奇跡の「8並び」。川村拓夢、反転攻勢の号砲
ちょっとした奇跡である。
“秋春制元年”となるJリーグの2026-27年シーズンが開幕。優勝候補の一角であるサンフレッチェ広島はホームのエディオンピースウイング広島にジェフユナイテッド千葉を迎え、3-0と快勝発進した。今季、オーストリア1部ザルツブルクから2年ぶりに完全移籍した川村拓夢が終盤に出場し、後半43分にトドメとなるチーム3点目を挙げている。シャドーの位置に入り、山﨑大地のパスが相手に当たってこぼれたボールを拾うとペナルティーエリア正面から左足でゴール右隅に流し込んだ。令和「8」年「8」月「8」日、背番号「8」ならまだしも、時間まで「88」分とコンプリート。8は末広がりで縁起のいい数字であり、川村にとっては幸先のいいJ復帰戦となった。
2024年夏にザルツブルクに渡ってからというもの、ケガに泣かされ続けた。移籍後のキャンプで左膝内側靱帯を断裂し、いきなり長期離脱の憂き目にあった。復帰して同年12月には欧州CLデビューを果たすなどコンディションが整いつつあったなかで、今度は右鎖骨骨折でまたしてもチームを離れなければならなくなった。相次ぐ膝の負傷にも苦しみ、2シーズン目となった昨季は出場機会がなかった。心機一転を図って古巣に復帰してすぐさま結果を出すあたり、今季に懸ける凄まじいほどの意気込みを感じないではいられない。
逆境に強く、めげないのが川村である。
2018年にサンフレッチェユースから昇格したものの、プロ1年目はリーグ戦の出場はゼロに終わり、翌年に武者修行でJ2の愛媛FCに移籍。実戦経験を増やしていこうとしていた矢先、練習試合で軽く走っただけでも息が切れてしまう「運動誘発喘息」が発覚する。
本人から直接聞いたことがある。
「練習試合に途中から出たとき、息切れが凄くてやばいなと思って交代したんです。その後、病院で検査をしてもらって、これは運動誘発喘息の症状だ、と。ただ、なかなか自分に合う薬が見つからなくて……。走れないとサッカーができないし、このまま(サッカーが)できなくなってしまうんじゃないかとも考えました」
思わぬ病を患い、悩みに悩んだ。
だが希望を捨てることなく病気に立ち向かい、自分に合う薬が見つかったことで発症を抑えられるようになった。サッカーに打ち込める喜びを味わい、よりのめり込んでいく。川井健太監督のもとシャドーで起用され、攻撃能力を開花させる。「新しい自分ができていく」感覚だったという。
「愛媛での3年間はもの凄く濃かった。あの3年間がなかったら、サッカー選手としてやれていないんじゃないかっていうのは感じます」
危機を乗り越えて、ゴールに直結する仕事ができるという新たな持ち味を引っさげて2022年シーズン、サンフレッチェ広島に復帰する。しかしながら3月に左膝外側側副靭帯損傷で離脱することになり、再び試練に見舞われてしまう。
焦りは禁物――。
希望を持って取り組んでいけば、復帰後に事態が好転することを彼は信じた。8月に復帰してからは活躍してチームの主力に成長した。病気を、ケガを克服すると一段と輝きを増すのが彼だ。ボランチながら愛媛時代のようにチャンスとみるや前線に上がって得点に絡み、ピンチになればしっかり戻って球際の強さを発揮して相手の攻撃を封じる。ボックス・トゥ・ボックスプレーヤーとして磨きを掛けていくなかで日本代表の森保一監督の目にも留まり、2024年元日のタイ代表戦でデビューを飾った。
だがまたしても、欧州に移籍してさあこれからというときに、ケガの連鎖という過去最大級の試練が彼を襲った。それでも押しつぶされることはなかった。
欧州での2年間、いかに辛くとも、しんどくとも、希望を捨てなかったからこそあのジェフ戦でのゴールにつながった。
続く浦和レッズ戦も途中出場し、徐々にコンディションを上げている状況。完調の川村を見ることができるのも、そう遠くないだろう。
七転び「八」起き。
どんな試練があろうと、川村拓夢は必ず起き上がってくる。「8並び」の奇跡は、反転攻勢の号砲だと受け止めている。