レッズで育ったから彩艶のフィードはイングランドを驚愕させた

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 サッカーはイングランドで生まれた。戦術の多くも、イングランドで生まれた。

 

 ロングボールを放り込んで選手たちが雪崩込む、いわゆる“キックアンドラッシュ”は、その中でもイングランドの風土、あるいは気質にもっとも適したもの、だったかもしれない。

 

 世界屈指の“不機嫌な天候”で知られるイングランドの場合、ピッチは雨でぬかるんでいることが珍しくない。となれば、グラウンダーのパスよりは浮き球の方が効果的になる。ラグビーと根を同じくするルーツを考えれば、五分のボールを争って男たちが肉体をぶつけあう空中戦は見る者の“ツボ”でもある。激突の代償として前歯を失うことは、ストライカーの勲章ですらあった。

 

 攻める側が空中戦を多用してくるのであれば、守る側も対応を強いられる。ラテンの国々では考えられないほどGKが重視され、また人気のポジションとなったのも、イングランドならではの特性があったから、と言えるかもしれない。

 

 GKに求められる資質も、ラテンの国々とは違った。一にも二にもシュートに対する反応の鋭さが求められたのがラテンのGKだとしたら、イングランドのGKはそれと同じぐらい、いや、それ以上にハイクロスに対する処理能力が求められた。どれほどシュートを止めまくっても、ハイクロスで一度ミスを犯せば、失格の烙印が押されてしまう。結果、この国は次から次へと世界的なGKを輩出した。

 

 なので、驚いた。

 

 8月31日、鈴木彩艶がプレミアリーグへのデビューを果たした。ホームでアーセナルに0―1。アストンビラはこれで開幕2連敗となり、誇り高きビランズたちが新人の日本人GKに怒りや疑念の矛先を向けてもおかしくない状況だった。

 

 ところが、試合後の鈴木彩に向けられたのは圧倒的に称賛の言葉だった。彼らは、いや、ビラを愛する者以外にも、鈴木彩のずばぬけたフィード力は衝撃的だったらしい。前半、鈴木彩はハイクロスに飛び出し、触ることができずにヘディングを許すという、イングランド人が忌み嫌うミスを犯してしまっている。それでいながらの絶賛。これはもう、ちょっとあることではない。

 

 GKがバックパスを手で処理できなくなって以降、世界中の守護神たちは必死になって足元のスキルを磨いてきた。中南米にはフィールダー顔負けの足技、プレースキックを披露する者も現れた。ただ、そうしたプレーがイングランドで主流になることはなかった。ルールは変わっても、イングランドのファンやメディア、そして指導者がGKに求めるものは変わらなかったのである。

 

 だが、イギータやチラベルトに食指を動かさなかったイングランドで、鈴木彩のフィードは絶賛された。「ビラの最後尾にはピルロがいた」と評する声まであった。

 

 ちょっと前、わたしは「日本のサッカーには二世がいない」と書いた。間違いだった。なぜ鈴木彩のフィードはイングランドを驚愕させたのか。レッズで育ったから、ではなかったか。レッズで、西川周作のフィードを見て育ち、西川のフィードに慣れた仲間の要求にさらされたから、ではなかったか。

 

 通常、二世は初代を超えられずに終わるが、この二世は、初代を大きく超えようとしている。これで、チラベルトのように、あるいはユース時代の西川のようにFKを直接放り込むようにでもなれば、世界が鈴木彩を模倣する時代がやってくるかもしれない。

 

<この原稿は26年9月3日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>

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