やはりと言うべきか予想通りと言うべきか、セ・リーグでは読売ジャイアンツが首位に立っている。早い話が、案の定、巨人が独走しそうだ、ということですね。まぁ、他の5球団と戦力を比較すれば、当然の帰結ということになるのかもしれない。しかし、世の中はそういう常識だけで動いているわけではない……と思いたい。
 例えば、4月21日の巨人−広島戦。この日、広島の先発は中村恭平。と言っても、ご存知ない方も多かろう。富士大からドラフト2位で入団した3年目の左腕である。この時点でプロ未勝利。対する巨人の先発は内海哲也。常識的には、勝敗はやる前からわかっているようなものだが、あらかじめ、この試合の“非常識な”結果を記しておこう。延長11回、5−4で広島のサヨナラ勝ち。

 この試合、中村の投球には、なかなか示唆的なものがあった。例えば4回表、2死一、二塁の場面である。打者は長野久義。このくらいのピンチを招くのは仕方ないとして、さてその投球。
?外角低目 カットボール系ストレート ストライク
?外角高目 ストレート ボール
?低目ワンバウンドになるボール
?内角低目 カーブ(スライダー?) 空振り
?内角低目 沈むストレート系 三塁ゴロ

 初球はストレートといってもいいのだろうけれど、おそらく、右打者の外角ボールのコースから最後に少しだけカット気味にストライクゾーンに入ってくるボールなのだろう。メジャーリーグで言う、いわゆる「バック・ドア」である。で、3球目はおそらく(「おそらく」ばかりで恐縮ですが)フォークあるいはスプリットの投げそこない。打ち取った5球目も、もしかしたら、フォークなのではあるまいか。あるいはいわゆるツーシームの握りで、ちょっとカット気味に抜いたとか(テレビの画像から推測しているので、違っていたら、すみません)。ただ、言えることがある。初球の「バック・ドア」にしろ、ツーシームのストレート系にしろ、ここには、昨今のメジャーの発想が移入されている、ということである。

 示唆的投球を見せた中村

 文化は否応なく伝播する。投球技術もまた例外ではない。打者の手元で動くストレート系というのは、いまや米国の専売品ではなく、世界のスタンダードだということだろう。それは、現在の日本野球の多くの投手についても言えることである。投球の基本は、ストレート(フォーシーム、ツーシーム)、スライダーだとして、たいていの場合、これにチェンジアップが加わる。典型は、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で活躍した前田健太(広島)である。

 そう考えると、この日の中村は、その流行と似ていながら少しだけ異質の投球をしていることが分かる。つまり、落ちるボールとして使っていたのは、チェンジアップではなく、フォークだったようなのだ。これは興味深いことである。数年前まで、日本野球の投手の象徴的な変化球といえばフォークであった。もちろん、今でもフォークを投げる投手は多いが、少なくとも、潮流としては、明らかにチェンジアップを使う割合が増えた。そういう時代にあって、巨人軍の強打者たちは、気持ちよく強打を発揮し、まるで予定調和のように首位にいる。そこに、4月21日、フォークを使う無名の左腕が立ちはだかったのである。これは、日本野球の今後を考えるうえで、極めて示唆的と言っていいのではないだろうか。

 もっとも、この日の中村は6回まで1失点となんとか持ちこたえたものの、7回表に坂本勇人にタイムリー、阿部慎之助に通算300号となる2ランを浴び、4失点で降板した。広島がたまたま勝ったのは、その後の救援陣の踏ん張りによるところが大きい。

 ついでに、阿部の300号も振り返っておきましょうか。
?内角低目 スライダー ファウル
?外角 カットボール ファウル
?外角低目 スライダー ボール
?外角低目 スライダー ボール
?低目のスライダー 右中間ホームラン

 低目とはいえ、やや中に入ったスライダーをきれいに踏み込んで、ものの見事にとらえた打球だった。ただ、だからこそ、ちょっと残念なのである。5球目はフォークでも良かったのではあるまいか。想像するに、おそらくフォークに対してはまだそこまでの自信と精度がないのだろう。逆に、彼の投球のこれからに可能性を感じた、と解釈しておきたい。

 日本に根付き始めた“100球思想”

 投球文化の伝播に関して、もうひとつ言い添えておきたい。日本人投手として、メジャーのトップに上り詰めた好例として、黒田博樹(ヤンキース)が挙げられる(ダルビッシュ有<レンジャーズ>ももちろんだが、彼にはまだまだ先が、途方もない可能性がある)。現在の黒田の投球スタイルは広島カープ時代とは様変わりした。ストレートはすべてツーシーム。でもって、「バック・ドア」と「フロント・ドア」を駆使する(ちなみに、外角のボールゾーンからストライクゾーンに入ってくるのが「バック・ドア」、内角のボールゾーンからグイッとストライクゾーンに決まるのを「フロント・ドア」と言うそうだ)。要は、打者の手元で動くストレート系である。ただ、苦しくなると、時折、フォークで勝負する。ちょっと日本時代を思い出して嬉しい。

 さて、その黒田が4月20日(現地時間)のブルージェイズ戦で、7回1/3を1失点で降板したことがある。ところが、8回途中からリリーフしたデビッド・ロバートソンが打ちこまれ、目前だった3勝目がフイになってしまった。この日、黒田の投球数は108 球。と言えば、おわかりだろう。メジャーでは主流の“先発投手100球思想”である。この思想も、いつの間にか日本野球に根付いている。ただし、年長の評論家の方々を中心に反発も大きい。

 典型例として、4月21日の東京ヤクルト戦、7回2安打無失点で2勝目を挙げた、阪神のルーキー藤浪晋太郎のケースがある。この日、藤浪の球数は83球。例えば、通算320勝の大投手・小山正明氏のコメント。
<残り1回や2回で20〜30球投げたところで、どうってことない。自分が現役の時も130球前後で完投、完封が多かったが、何の肉体的負担も感じなかったよ>(4月22日配信「デイリースポーツ・オンライン」)
 往年の大投手の言である。説得力はある。

 しかし、ここで松坂大輔(インディアンス)と黒田の現在を思ってみてはどうだろう。日本時代、2人ともエースとして完投を自らの美学としていた。松坂は西武時代、130球完投はザラだった。極端な時は150球での完投もあった。そして2度のWBCでは、エースとして日本を優勝に導いた。その功績は、決して忘れてはならない偉大なものだ。黒田は、06年は右手人差し指故障、09年は右肩痛のため、WBCは2度とも辞退を余儀なくされた(今年も他の日本人メジャーリーガー同様に辞退) 。松坂はレッドソックス時代、もっと投げたいのに、100球主義のテリー・フランコナ監督に無理やり降ろされていた感がある。黒田はメジャーに移籍してからは、米国流のやりかたを受け入れようとしているように見えた。

 松坂は今、インディアンスに所属して、復活に向けて苦闘している。もう少しというところで、新たな故障に見舞われる。これを“松坂の悲劇”と呼んでみたい衝動にかられる。彼こそは高校時代から日本野球を象徴する大エースとして活躍し、球数を投げ、若くして体を消耗してしまったのではあるまいか。まだ32歳である。この“悲劇”は、果たして繰り返していいものだろうか。20日に3勝目をフイにした黒田は、「チームで戦っている以上は自分で納得しないと」と語ったという。

 中村に戻ろう。彼のストレートのおそらく過半は、ツーシームの握りである。まだ時折、フォーシームも投げているので、すべてがツーシームの黒田ほど極端ではない。しかし、「バック・ドア」を使おうとし、フォークで勝負しようとするところは、左右の違いはあるが、どこかカープの大先輩・黒田の思想を引き継いでいるように見える。WBCで巨人の強打者・長野、坂本、阿部が結果を残せなかったことは記憶に新しい。とすれば、世界標準を地でいく黒田の思想を体現しようとする中村が、巨人戦に好投したのは、単なる偶然では片づけられないのではないか。

 いくらデジタルの時代だからといって、何もカウンターで球数を数えて、100球になったら自動的に交代させる必要はない(フランコナ監督は、ちょっとそういう側面があった)。球場のスコアボードや、テレビ中継の画面で、いちいち球数を表示するのも、うっとおしい。球数に関する思想に必要なのは、デジタルな情報ではない。疲労の累積に対する感覚である。ただし、130球、150球が続いても問題ないというのは、無謀だろう。我々は、38歳で全盛期を迎えた黒田に学ぶことは多い。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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