サッカーは、数あるスポーツの中で最も逆転が困難な競技のひとつである。競技によってはリードのうちに入らないこともある「1点」が、サッカーでは恐ろしく重い。3点差がひっくり返るようなことがあれば、ほとんど奇跡である。
 レアル・マドリードは、それをわずか10分あまりで達成しかけた。

 奇跡にも近い3点差の逆転を狙い、彼らは立ち上がりから圧倒的に攻めた。イグアインが、C・ロナウドが、易々と、そして深々とドルトムントの守りを切り裂く。一度決壊に追い込めば、3点どころか4点、5点でもたたき込めそうな攻めだった。

 だが、何度も崩れかけたドルトムントの守りを、ベテランGKバイデンフェラーが最後のところで食い止める。前半、スコアは動かなかった。90分かけてもまずありえない3点差の逆転を、レアルは45分でやらなければならなくなった。

 普通ならば、試合はここで終わっている。追う側の焦りが諦めに変わり、消化するだけの45分になっているところだった。

 それでも、レアルは諦めなかった。時間が進むにつれ、明らかに焦りの色は強まっていた。ただ、それが諦めに変わることはなかった。スタジアムの空気が、そうさせなかった。

 サンティアゴ・ベルナベウには奇跡の歴史がある。たとえば、85〜86シーズンのUEFAカップ。この日の相手と同じ「ボルシア」を冠するチームに第1戦1―5で敗れながら、彼らはこのラウンドを勝ち抜けた。4―0となるゴールが生まれたのは、後半のロスタイムだった。

 かつてネッツァーをして「これほどまでに情熱的なファンをわたしは知らない」と言わしめたスタジアムの魔力は、この日も、選手たちに力を与え続けた。レアルの選手たちが残り10分を切ってもなお諦めず、そこから信じられないような2ゴールを重ねたのは、会場がサンティアゴ・ベルナベウで、彼らがレアルだから、だった。

 だが、奇跡にはあと一歩、届かなかった。

 世界一勝つことに慣れたレアルのファンは、世界一敗北という結果を容赦しない。ところが、この日は様子が違った。目的を達成できなかった選手たちに対し、満員の観客からは温かい拍手が送られたのである。

 サッカーにおいて、逆転勝利を収めるのは簡単なことではないが、それ以上に困難なこと――敗れてなお、観客を満足させるということを、この日のレアルはやってのけた。

 そして、そんな希有なレアルを引き出したのがドルトムントの戦いぶりだった。

 ダークホースでさえなかったポルトを欧州の頂点に導いたことで、モウリーニョ監督の人生は大きく変わった。敗れてなお観客を酔わせたレアルを退けたことで、おそらく、クロップ監督の人生も変わる。この試合は、彼の名声がドイツ国内を超え、全世界に轟いた日として記憶されることになるかもしれない。

<この原稿は13年5月2日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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