世界最高峰のリーグで「先入観」覆した日本人の成長

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 98年夏、バルセロナに所属していた22歳のイバン・デラペーニャはセリエAラツィオに移籍した。

 

 まだスペインのサッカーが、欧州の中では二流に位置づけられていた時代だった。当時世界最高峰と言われたセリエAへの移籍にあたっては、ざっくり言って2種類の反応があった。地元の至宝を失うことを嘆く声と、スペインの若き才能がイタリアで大暴れしてくれることを期待する声である。

 

 結果だけを記しておこう。デラペーニャは02年までラツィオに在籍し、出場したのは15試合だった。途中、フランスのマルセイユにも貸し出されたが、そこでも出場は12試合だけ。同世代のライバルとされたラウールがスターダムを駆け上がっていく一方、デラペーニャにむけられるスポットライトは次第に縮小していった。

 

“クライフの息子”と呼ばれ、その万能ぶりと風貌から“小さなブッダ”とまで呼ばれた男は、なぜイタリアで、フランスで輝けなかったのか。リーガ・エスパニョーラのレベルが低かったから。ボール保持を重んじるバルサスタイルがイタリアに合わなかったから。様々な分析があった。どれもそれなりに説得力はあったが、ただ、完全に納得させてくれるものでもなかった。

 

 28年たって、ようやく答えが見つかった気がしている。

 

 PSVアイントホーフェンに移籍した22歳の佐野航大が目ざましい活躍を見せている。驚かされるのは、そのプレーぶりよりも、周囲からの対応である。曲がりなりにも欧州制覇をなし遂げたことのある名門のエリートたちが、明らかに佐野航に頼っている。チームに加わったばかりの日本人に、全面的に指揮権を委ねている。頼む佐野、なんとかしてくれ佐野。ピッチからそんな声が聞こえてきそうなほどに。

 

 佐野航が素晴らしい選手であることはいうまでもない。W杯に連れて行かなかった森保監督の判断を疑問視する声があるのもわかる。では、彼は歴代最高の日本人選手なのか。およそ名門とは言い難いVVVフェンロでしかプレーの機会が与えられなかった本田圭佑より、数段格上の存在なのか。

 

 そうは、思えない。

 

 長い間、日本のサッカー界は欧州という頂を見上げていた。一方で、高みにある欧州の側に、下から見上げている日本人は視界にすら入っていなかった。つまり、下から上を見るよりはるかに長い距離が、上から見る下にはあった。

 

 スペインとイタリアの関係も、きっとそうだった。

 

 新加入の外国人がブラジル人やアルゼンチン人だった場合、迎える側に疑念が芽生えることはまずない。色眼鏡で見られることもない。だが、ラツィオに渡ったデラペーニャは、欧州に渡った日本人は、「お前、なんかにできるのか」という偏見と闘わなければならなかった。ブラジル人であれば見逃されるミスが、デラペーニャには、日本人には許されなかった。

 

 サッカーは、相当に主観のスポーツである。「コイツはダメだ」という先入観があれば、実は素晴らしい選手であっても凡庸に見えてしまうことが多々ある。そして、そうした先入観を覆すために必要なのは、時間と結果の積み重ねである。

 

 いまや、世界最高峰のリーグでスペイン人が活躍することを不思議がるサッカー関係者はいない。同じように、日本人が活躍することも、珍しいことではなくなってきた。スペインに負けないぐらい、いや、出発時点を考えれば信じられないほどに、日本サッカーは多くのものを積み上げてきた。

 

 油断はもちろん禁物。それでも、思う。もう、大丈夫。

 

<この原稿は26年9月17日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>

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