小松が世界を意識し始めたのは高校1年の時だ。インターハイのペア200メートルを優勝し、ジュニアの日本代表としてアジア選手権に出場した。自身にとって初の国際大会で3位入賞を収める。
「高校1年でメダルを獲れたのだから、頑張れば世界と戦えるかもしれない」
 それ以来、「世界で勝つこと」を目標にカヤックを前へ進めてきた。

 協賛金で新しいカヌーを購入

 カヌーとの出会いは中学時代にさかのぼる。入学した中新田中に、たまたまカヌー部があったことが運命を変えた。
「それまでは野球をやっていたんですが、違うスポーツもやってみたいと思っていたんです。軽いノリで乗ってみたら、すごく楽しかった」

 好きこそものの上手なれ――。カヌーのとりこになった小松はみるみるうちに実力をつけていった。高校も地元の強豪である中新田高に進学。全国大会でも上位に入る先輩たちと競い合ううちに、自然とレベルが高まった。

 しかし、「世界で勝つ」には、まず世界へ漕ぎださなくてはならない。それには相応の資金が必要だ。ヨーロッパに大会で1度遠征すると、20万円以上はかかる。高校卒業後、オーストラリアに修行に出た際には、ホームステイして滞在費を節約した。今でも実家からの仕送りなしでは生活が厳しい。

 カヌーは五輪競技とはいえ、日本での位置づけはまだまだマイナーだ。小松も「“カヌーをやっています”と言っても一般の方にはボートと間違えられることが多いですね。テレビ中継もないから、川下りのスラロームをイメージする人も多い」と実情を明かす。日本カヌー協会の資金も潤沢ではなく、代表に選ばれるクラスであっても自己負担額は多い。

 そんな状況では、肝心のカヌーを入手する資金も満足に捻出できない。1艇の購入代金は約50万円。小松は昨年まで高校2年時に親から買ってもらったものを、ずっと使ってきた。
「世界の選手はどんどん最新式の新しい船を買い換えているのに、僕は5、6年前のカヌーでした。それだと、性能の面でどうしても劣りますよね」

 今回の「マルハンワールドチャレンジャーズ」で得た協賛金で、小松は早速、新艇を手に入れた。体のケアにも少しはお金をかけられるようになった。残りは夏の遠征費の足しにしたいと考えている。

「オーディションに参加した選手とも交流ができました。どのアスリートも競技をいかに盛り上げるか、いろいろアイデアを持っていて、とても勉強になります。僕もカヌーをメジャーにするために、何かやれることはないかと考えているところです」
 青空の中、水しぶきをあげてカヌーが一斉にゴールへと突き進む光景は壮観だ。ヨーロッパでは、ほとりに設けられた観客席がいっぱいになるほどの人気競技である。だが、日本ではメディアであまり取り上げられず、その魅力に触れる機会自体が少ない
「レース好きな人が観てもらえれば、きっとおもしろいはずです」
 小松は、まず試合の映像を広く観てもらえる場ができれば、と感じている。
 
 課題は持続力アップ

 カヌーは見た目以上にハードな競技である。足が自由に使えない中、水上でバランスをとりつつ、体全体の力を使ってパドルを回転させ、前進する。同様に水上で実施するボートもフィジカルの強さが求められるが、カヌーは漕ぐ際の体勢が胸を横に開けないため、肺へ十分な酸素が入りにくい。「ラストスパートは、たった20メートル、25メートルがかなりの距離に感じるほど苦しい」と小松は明かす。自然が相手ゆえに、風や天候にもレースは左右される。特に向かい風が吹くと、体格やフィジカル面で差をつけられている日本人は苦戦を強いられる。

 尾野藤コーチの下、半年間のトレーニングで着々とパワーをつけてきたとはいえ、「世界で勝つ」には取り組むべき課題は少なくない。そのひとつは持続力だ。「スタートダッシュには自信がある」と本人も語るように、小松には最初の爆発力には定評がある。一方で「1000メートルは嫌いだった」と苦笑しており、スタミナ面には改善の余地が残されている。
 
「200メートルで世界に本気で勝とうと思ったら、1000メートルであっても戦える体の強さを身につけないと、全体のパフォーマンスは上がっていきません」と尾野藤は指摘する。小松自身も「スタートに関しては、3月の選考会でもロンドン五輪に出場した松下(桃太郎)選手と互角でしたし、渡邊(大規)選手を上回っていました。中盤以降、それを持続する力が足りない」と弱点を自覚している。先の選考会では1000メートルにも出場しており、今後も重点的に強化していく考えだ。

 五輪でメダルを獲れば競技への注目度も高まり、普及、育成にも弾みがつく。日本カヌー界は2016年のリオデジャネイロ五輪で悲願のメダル獲得を目指す。2020年に招致を目指す東京五輪を見据えた上でも、若手の台頭は不可欠だ。日本連盟の強化部長を務めた古谷利彦常務理事は、21歳の小松の存在を「代表チームにとって大きな刺激になっている」と語る。

 A代表入り後、初の国際大会となったハンガリーでのワールドカップ第1戦(10日〜12日)。小松はロンドン五輪代表の渡邊大規と組み、ペア500メートルとペア200メートルに出場した。500メートル、200メートルとも予選は5位通過だったが、準決勝、決勝と進むにつれ、世界の強豪たちが本領を発揮。500メートルは18位、200メートルは16位だった。優勝したペアとは500メートルで約8秒、200メートルで約3.4秒の差があった。

 レース後、小松は自らのtwitterで「強い国がたくさん来てる中で昨年より良い結果。進歩は感じてるけどまだまだ頑張らな!!」とつぶやいた。リオ五輪までは、あと3年。尾野藤は今後の強化プランを次のように話す。
「この1、2年はベースづくり。三角形でいえば底辺が大きくならないと頂点も高くならないし、安定しません。頂点だけ伸ばしても、少し調整が狂えば、調子は崩れてしまいますから。だから、今はキツイかもしれないけど、スプリント力とスタミナの両方を高めていく時期です。そうやって海外勢と常に互角のレースができる力をつけた上で、五輪に向けて照準を合わせていくことになるでしょう」

 次の大きな国際舞台は8月のドイツでの世界選手権だ。
「世界でもっと経験を積んで、足りない部分をひとつひとつ積み上げていきたいですね。そして、それを五輪後につなげられればと思っています」
 コマツといえば、世界的には建築機械でトップクラスのシェアを誇る日本のメーカーがある。カヌー界でもKOMATSUの名を世界のトップにとどろかせるべく、輝く水面をまっすぐ突き進む。

(次回はリュージュの金山英勢選手を取り上げます。6月5日更新予定です)


小松正治(こまつ・せいじ)
1992年1月29日、宮城県生まれ。中学よりカヌーを始め、宮城・中新田高時代はジュニア日本代表にも選ばれる。インターハイでカヤックペア200メートル3連覇を含む5冠を達成。国体でも同種目2連覇を果たす。高校卒業後はさらなるレベルアップを目指し、オーストラリアでトレーニングを積む。12年のオーストラリア選手権ではU-23カヤックシングル200メートルで3位入賞。同年8月の第2回「マルハンワールドチャレンジャーズ」では協賛金100万円を獲得。この3月、海外派遣選手選考会で初のA代表に選ばれた。2016年の五輪出場、2020年五輪のメダル獲得が目標。178センチ、80キロ。
>>オフィシャルサイト

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※このコーナーは、2011年より開催されている、世界レベルの実力を持ちながら資金難のために競技の継続が難しいマイナースポーツのアスリートを支援する企画『マルハンワールドチャレンジャーズ』の最終オーディションに出場した選手のその後の活躍を紹介するものです。

(石田洋之)
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