伊藤花乃(早稲田大学フェンシング部/愛媛県松山市出身)最終回 12月の早慶戦を花道に

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 伊藤花乃は中学3年で愛媛フェンシングクラブに入った。

 

 持ち前の運動神経、ヒップホップダンスで養ったリズム感、陸上で培った脚力を武器に、めきめきと腕を上げた。本格的にフェンシングを始めて1年が経った中3の11月、伊藤は2019年11月下旬から12月上旬にかけてドイツのアイスリンゲンで行なわれる「U-17欧州カデサーキット アイスリンゲン大会」の日本代表(サーブル)に選出された。

 

 

 

 渡独前、東京都内にある国立スポーツ科学センター(JISS)で国内合宿が行なわれた。

「もう、ドキドキです。私はフェンシングを始めてまだ歴が浅かったですし、一緒に遠征に行くのは長く国内ランキング上位をキープしている選手たち。大丈夫なのか、というフェンシングに対しての怖さはありました」

 

 JISSでの1週間の国内合宿。「周囲との経験の差は、どうやって埋めたのか?」と水を向けると「メンタルですかね」と言い、続けた。

 

「競技歴が浅く、まだ大きな結果が残せていない自分は、気持ちで負けたらどんどん差が開いてしまう。“負けたくない、絶対に勝つ”という気持ちは最低限、持っておかないと……」

 

 国際大会デビューとなったドイツ・アイスリンゲンでの世代別代表戦。個人は予選プール1で1勝5敗。団体戦に日本はAとBの2チームでエントリーし、伊藤はBで出場。ベスト32でロシア2に14対45で敗れた。

 

 

 結果だけを見ればほろ苦いものだが、「日本代表の活動に参加して、気持ちが変わった。“もっと頑張ろう!”と思えました」と伊藤。さらに競技に打ち込むため翌年4月、フェンシング部のある愛媛県立三島高校に進学した。

 

 

 コロナに翻弄

 

 三島高校を選択した理由は3つだった。1つ目は祖母の家が西条市にあるため、そこでの下宿生活が可能だったこと。2つ目は「えひめ愛顔(えがお)のジュニアアスリート発掘事業(以下、ジュニアアスリート)」時代に、三島高校の顧問と接点があったこと。そして3つ目はジュニアアスリート時代の女性の先輩が同校フェンシング部に所属していたこと。

 

 フェンシングに対する伊藤のモチベーションは高かった。しかし、予期せぬことが起きる。新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、夏の全国高等学校総合体育大会(インターハイ)の中止が決定したのだ。

 

「試合という試合が、そもそもなかった。もう、次の年(2021年)のインターハイを目指すしかなかった」。ひたすら練習に明け暮れた。

「ジュニアアスリート時代の先輩が私にとってのライバルだったし、同期と切磋琢磨できた。考えてみたら、高1の時に駆け引きの面白さをわかってきた気がします。攻撃しながら、相手が崩れるのを待つ、崩れてくれるように誘い込むように上手く動くようになった」

 

 翌年春、無観客でのインターハイ開催が決定した。愛媛県予選決勝、会場は三島高校体育館。伊藤は決勝に進出した。相手は切磋琢磨を続けてきた先輩だった。

 

「先輩は前に出てくる攻撃的な選手。その勢いに押されて、私が劣勢でした。お互い手の内は分かり切っているため戦いにくかったです。しかし、先輩に構えるのが遅いなどの反則がいくつかあって、私に2~3点、追加された。そこから私に流れが傾いて何とか勝ちました」

 

 北信越でのインターハイ。フェンシングは8月11日~13日にかけて、越前市AW-Iスポーツアリーナ(福井県内、武生中央公園総合体育館)で行なわれた。伊藤は順調に予選を勝ち上がり、迎えた決勝トーナメント1回戦。優勝候補で世代別代表の大島愛実(当時・埼玉栄高)に15対13で勝利した。続く準決勝では、世代別代表・長崎昇子(当時・秋田北鷹高)に敗れたものの3位入賞を果たした。初の全国大会をこう振り返った。

 

「準々決勝も、負けてしまった準決勝も楽しかった。メダル圏内に入る楽しさをインターハイで初めて味わえました。3年生で迎える来年のインターハイは、四国開催。そこで優勝したいな、という気持ちが大きかった」

 

 リハビリを経て

 

 2022年、3年生になった伊藤は春の県予選を勝ち抜き、全国大会への出場資格を手にした。

 

 だが、好事魔多し。三島高校のインターハイ登録外選手数名がコロナに感染してしまったのだ。全選手が出場辞退を余儀なくされた。

 

<全国高等学校体育連盟(全国高体連)のフェンシング専門部などは、実際に競技が始まる2日前を「大会参加日」(基準日)に設定。基準日から7日目までに感染者が出た場合、チーム全体が辞退との方針を示していた。三島高は「基準日」の3日前に感染者が出たため、それに従った>(2022年9月5日付け 愛媛新聞)

 

 4年前の悪夢を伊藤は「悔しかったけど……何とも言えない」と言葉少なに振り返った。

 

 2023年4月、「自主性を重んじる方針に惹かれ」早大フェンシング部に入部した。1年生で迎えた11月のインカレのベスト16で日本大学2年生(当時)の笠原佳姫を破り、8強入りした。

「相手にあと2~3点を取られると私の負け。そこからゾーンに入ったような感じ。気が付いたら勝っていた。相手の動きがゆっくりに感じたことだけ覚えていて、後で映像を見返したら“私、こんな動きをしていたんだ”と……」

 

 さぁ、これからという時にアクシデントに見舞われた。2年時のインカレ団体戦準決勝で左膝前十字靭帯断裂の大ケガ負ったのだ。

「自分が下がりながらディフェンスをしていた時にブチンと切れました。点差を縮め、調子が上がってきている時にケガをしてしまった。最初は膝を少しひねったのかな? と。1度、試合に戻ったけどいきなり左膝に力が入らず、倒れてしまった。それでリザーブメンバーと交代しました」

 

 ここから長いリハビリ生活を余儀なくされた。最終学年となったいま、思い悩んだ末、フェンシングにひと区切りつける決断をした。現在の目標は「12月にある早慶戦の団体戦のメンバー入り」。悔いのない戦いを見せてもらいたい。

 

 

<伊藤花乃(いとう・かの)プロフィール>

2004年、愛媛県松山市生まれ。小学5年時、えひめ愛顔(えがお)ジュニアアスリート発掘事業の対象選手に選抜され、さまざまスポーツを経験する。中学2年時からフェンシングを始める。中学3年時、世代別(U-17)日本代表に選出された。高校2年時の総体で女子個人サーブル3位。2023年、早大フェンシング部に入部。現在は部の女子チーム主将を務める。

 

(文・写真/大木雄貴)

 

 

 

 

 

 

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