第189回 ハートフルな球場
車いすユーザーの男性を含む数名で、野球観戦に行きました。地方の中学生大会で、小さなグラウンド、比較的古い造りでした。どう見てもユニバーサルデザインとは、ほど遠いだろう。そんな予感どおり、エレベーター、スロープはありませんでした。
かれこれ15年ほど前、車いすバスケットボールの試合に、友人のカップルと一緒に観戦に行った時のことを思い出しました。車いすを使用している男性と、その婚約者です。2人で受付に向かうと妙なことになった。係の人は、歩いてきた彼女にこう尋ねた。
「介助の方ですね?」
少し戸惑いながら、間を置き、「いいえ、カノジョです」と答えました。
なんともうまい返し(カイジョとカノジョ!)でしょう。と喜んだのは私だけだったかもしれません。
受付の方は、「そうですか。では、車いすの方はこのまま1階の観覧席へ。介助でないなら、他の方は2階へお願いします」と言うのです。
「???」
せっかくの休日、2人で仲良く出掛けたのに……。別々で観戦では、デートの体をなしません。その場で引き返したのは、当然のことでしょう。
決して受付の係の人を責めているのではありません。2階に車いすで行く手段はなく、1階の競技と同じレベルのフロアにシートを敷いた仮設の観戦エリアは、狭い。そういう事情であることは容易に想像できます。
ここで、残念だったのは「車いす利用者と同行する人は必ず介助者である」という思い込みです。今でもスタジアムで見掛ける「介助者席」にも違和感があります。大リーグのスタジアムには、車いす用のエリアに「コンパニオンシート」が複数あるとのこと。仲間、お友達と観戦を楽しむことが想定された席です。
道中、そんなことを考えていたので、“もしかしたら、また奇妙なことが起こるかも……”と少し覚悟しました。
「まあ、どうにでもなるよね」と、球場に到着しました。
受付にはジャージ姿の男性がいます。
「どこでも好きなところで観戦ください。2階に行かれますか?」
「はい、2階の一塁側に行きたいんですが」
「はい、すぐご案内しますよっ」
そう言うと、そばにいる少年たちに声を掛けました。
「お~い!お客さん、2階席にご案内して。3人、来て!」
駆け寄ってきた3人が階段まで誘導してくれました。
「僕らで持ち上げます。いいっすか?」
というと、「せ~のっ」と男性が乗ったまま車いすを軽々と持ち上げました。
そして、こちらが希望する席まで連れて行ってくれました。
さわやかな気持ちになり、お礼を言うと、「試合が終わったら、迎えに来ます」と、気持ちのいい挨拶を残し、戻っていきました。“これは、十分、いいじゃないか”と感銘を受けていると、1分も経たないうちに1人の少年が戻ってきました。
「あの~、すいません。球場に、車いす用のトイレないんです。すぐそこの公園にあるんで、また一緒に行きますんで、受付に言ってもらってもいいですか?」
車いすの友人は「親切にありがとうね」と頭を下げます。
試合が終わると3人が迎えに来てくれました。
「帰りに、トイレ寄りますか?」
送り出してくれた受付の大人に言われているのだろうけれど、その優しさが身に染みました。
出口まで送ってくれると、「失礼します」と礼儀正しく去ろうとしました。
友人は3人に丁寧にお礼を言い、「この球場、いい球場だね」と口にしました。
彼らの表情は少し困ったようであり、そして少し照れていたようにも見えました。
私も思いました。本当にいい球場、いい試合、いい運営だ、と。
いつかパラリンピアンが言っていた。建物のコンクリートや鉄は溶かせないけど、ハートは溶かすことができるんだよね。そのことをしみじみと思い出させてくれたハートフルな一日でした。
<伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。2024年、リーフラス株式会社社外取締役に就任。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。