四国ILの先駆者と功労者たち

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 先月25日、香川オリーブガイナーズの監督時代、選手だった又吉克樹(オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ)の引退セレモニーに参加してきました。彼を初めて見たのは、環太平洋大学時代。ガイナーズのピッチングコーチ、伊藤秀範が「いいピッチャーがいる」ということで、ウチに来てもらい、ブルペンで投げるところを見させてもらった。

 

(写真:又吉<中央>の引退セレモニーに登場した筆者<右>と角中 ©香川オリーブガイナーズ)

 サイドハンド気味のスリークォーターで、アームアングルが低い。150km前後のいい球を投げる。それが第一印象でした。高校途中から投手に挑戦し、本格的な転向は大学からです。肩が消耗していなかったことも大きかったでしょう。ストレートにこだわって欲しいこともあり、「困ったらストレート」とアドバイスを送りました。

 

 ガイナーズで130イニング以上投げ、13勝4敗、防御率1.64の好成績で最多勝を獲得しました。一番の思い出は、14年の6月22日、高知ファイディングドックス戦で8回2死までパーフェクトピッチングを演じたことです。不運な内野安打で、大記録は達成できませんでしたが、後続を抑え、1安打完封勝ちを収めました。

 

 NPBから調査票が届いたのは11球団。この数は四国アイランドリーグPlus史上、初めてだったと思います。当時中日の落合博満GM、谷繁元信監督が又吉を評価してくれて、ドラフト2位で指名されました。独立リーグが始めって以来、初のドラフト上位指名でした。

 

 又吉は本当にタフなピッチャーでした。中日・福岡ソフトバンクで12年プレーし、ルーキーイヤーの14年から3年連続で60試合以上登板を果たしました。当時の中日は田島慎二投手、福谷浩司投手、祖父江大輔投手、又吉らリリーフ陣がフル回転していました。

 

 ソフトバンク退団後はメキシコリーグに渡り、今季はNPB復帰を目指し、オイシックスでプレーしました。実は昨オフにガイナーズもオファーを出しました。オイシックスはイースタンリーグに所属していますから、NPB球団とのゲームが見込める。そこでアピールする道を選びました。結果は出なかったかもしれませんが、最後やり切った。彼には、お疲れさん、と伝えたいです。

 

 セレモニーには、高知でプレーした千葉ロッテの角中勝也も出席しました。セレモニーのスピーチでも述べましたが、彼ら2人はアイランドリーグの先駆者であり、功労者です。角中も今年限りで引退を発表しています。又吉を含め、2人もナイスガイ。角中は首位打者のタイトルを2度獲得、又吉は通算500試合を超える登板数という記録を残しました。今もNPBで多くの独立リーグ出身者が活躍しているのも、彼らの背中を追いかけた結果かなと思います。

 

 2005年にアイランドリーグがスタートして20年以上が経ち、育成を含めれば100人以上の選手がNPB球団のユニホームに袖を通しました。石毛宏典さんからアイランドリーグを運営するIBLJ社長を引き継いだ鍵山誠もセレモニーに来ていましたが、リーグの歴史は彼が繋げていったと言っても過言ではない。私は影の功労者だと思っています。

 

<このコーナーは毎月1日更新です>

 

<西田真二(にしだ・しんじ)プロフィール>
1960年8月3日、和歌山県出身。小学3年で野球を始める。PL学園高、法政大学を経て、83年にドラフト1位で広島カープに入団。高校時代は78年夏にエース&4番として甲子園優勝に貢献した。大学時代は5度のベストナインに輝くなど、3度のリーグ優勝に導いた。プロ入り後は左投げ左打ちの外野手として、91年のセ・リーグ優勝に貢献するなどカープ一筋13年で現役を終えた。現役引退後は野球解説者を経て、カープ、四国アイランドリーグ(現・四国アイランドリーグplus)の愛媛、香川などで後進を育成。20年より6年間、セガサミー野球部の監督を務め、都市対抗野球大会4度、社会人野球日本選手権大会に2度出場に導いた。26年からは野球解説者に復帰。同年4月から四国アイランドリーグplus香川の球団アドバイザーに就任した。

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