彩艶を育てた“我慢” では、塩貝は…
弱点、とまでは言わない。ただ、GKは長年日本の課題となってきたポジションではあった。ここにとびっきりの選手がいるかいないかで、戦い方はまるで違ったものになってくる。そんなことは誰もが分かっていた。いたのだが、この国で大柄でなおかつ俊敏な人材を探すのは簡単なことではない。
ところが、ようやく出てきた人材を、3年前、日本人は自らの手で葬り去ろうとしていた。
確かに、前回アジアカップにおける鈴木彩の出来は芳しいものではなかった。将来を考えてここは我慢すべきだという声は、すぐにでもほかのGKと入れ替えるべきだという声に圧倒されていた。
日本にとって幸いだったのは、森保監督が世論に左右されるタイプの監督ではなかったということだろう。彼は周囲がどれほど騒ごうとも、鈴木彩をメンバーから外そうとはしなかった。これは、数多ある森保監督の功績の中でも、最大級に大きなものだとわたしは思う。
とはいえ、パルマにおける鈴木彩の成長がなければ、森保監督もどこかの段階で見切りをつけなければならなかった。期待をかけられる時間は無限ではない。そして、期待に応えられず、消えていった選手など山ほどいる。
幸い、森保監督は賭けに勝った。いまや、日本代表の最後尾を支えるのは、世界でも最高峰といっても差し支えのない守護神である。
9月24日、ウルグアイ戦で決勝点を挙げた塩貝は、ゴール後、スタンドに向かって「シーッ」とするポーズをとった。ウルグアイでは、あのポーズを自分たちに向けられたもの、W杯でブラジル人から激しい非難を浴びた塩貝が、そうした声に向けて「黙ってろ」とアピールしたと受け取った人もいたようだが、どうやら、塩貝自身の思惑は少々違ったらしい。南米に向けてというよりは、自分を非難した全ての人に対して。つまり、そこには日本人も含まれていたように思える。
そもそも、アウェーチームの選手が、得点のあとに「シーッ」とやるのは珍しいことではないが、ホームの選手となるとそうそうあることではない。いいか悪いかはともかく、塩貝は自分をつぶそうとする圧力を、日本人からも感じていたということだろう。
塩貝を批判する声の中には、そのプレーぶりがあまりにもエゴイスティックだ、というものがある。出せば決定的な場面になるのに、出さない。あくまでも自分で勝負しようとする。それがけしからん、というわけだ。
そうした場面はウルグアイ戦でも見られた。ひどい選択ではあった。ただ、まだ実績も結果も残せていない選手が、短い時間でその両方を手にしようとするならば、ああするしかなかったのでは、とも思えた。
日本には傑出したストライカーがいないと言われて久しい。GK以上に、傑出した存在の出現が望まれてきた。ここにきて上田が急速に存在感を増してきているとはいえ、彼とはまた違ったタイプのストライカーも欲しい。もっとゴリゴリして、もっとオラオラしたストライカー。
塩貝は、明らかにそうしたタイプを志向している。仲間がつくった好機に乗っかるだけでなく、俺によこせ、俺がなんとかするという気概を漲らせている。
日本には、長く出現しなかったタイプのストライカーである。
とはいえ、現時点での塩貝には決定的に欠けているものがある。それは、数字。上田はオランダで得点王を獲得した。塩貝には、まだブンデスリーガでたった1得点しか挙げられていない。鈴木彩がパルマで結果を出したように、塩貝はウォルフスブルクで得点を量産しなければならない。
時間は、無限ではない。
あと数カ月で日本代表の監督は代わる。新監督が塩貝のようなタイプを好むのか、我慢するかは未知数である。しかも、上田が所属クラブ、代表のどちらでもゴールを量産していることで、以前よりも新しいストライカーの出現を期待する空気は薄らいでいる。
これからの数カ月、塩貝にとっては人生の分水嶺ともいうべき正念場である。
<この原稿は26年10月8日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>