第847回 プロ野球の強打者は「弘法筆を選ぶ」

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 秋雨前線に台風が重なり、今年の9月は、東日本を中心にとりわけ雨が多かった。地球温暖化による海面水温の上昇が、線状降水帯を発生させる理由のひとつになったとも言われている。

 

 ペナントレースも終盤の9月から10月、プロ野球の打者にとって、自らの体調とともに気になるのがバットのコンディションだ。雨が続くと、湿気を含むことで、自ずとバットも重くなる。専門家によると、10グラムから30グラムの範囲で“上振れ”するという。

 

 たかだか10グラムか30グラムじゃないか、とお思いの向きもいるだろうが、平均重量が900グラムだとすると、1.1%から3.3%にあたる。違和感を覚えない方が不思議である。

 

 その昔、空海(弘法大師)は、どんな筆でも器用に使いこなすことから「弘法筆を選ばず」なる格言が生まれた。

 

 

 しかし、一説によると、遣唐使として海を渡った空海は、技術大国の唐で紙や筆の作り方を覚え、この紙にはこの筆がいい、といった具合に、徹底して道具にこだわったという。

 

 プロ野球の世界においても、私の取材経験でいえば、名選手ほどバットへのこだわりが強い。

 

 たとえば先頃、86歳で世を去った通算3085安打の張本勲。幼少期のやけどが原因で、右手の小指と薬指が癒着した彼は、グリップエンドに右手を固定しやすくするため、割ったビール瓶の破片で、右手をかける部分を丁寧に削り取った。

 

 三冠王3度の落合博満は、雨が続くとバットが湿るのを避けるため、ジュラルミンケースに入れて持ち歩いた。

 

 オリックス時代にイチローを指導したことで知られる通算2038安打の新井宏昌は、発注したばかりの新品であるにもかかわらず、グリップエンドの部分がビニール袋から顔をのぞかせていることが気になり、担当者にこう告げた。

 

「湿気が入るから、次からはビニール袋を二重にして欲しい」

 

 そこで結論。プロ野球の世界では「弘法筆を選ぶ」が正解である。

 

<この原稿は2026年10月19日-26日合併号『週刊大衆』に掲載されたものです>

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