「ロードレース」はなぜ「ロードレース」と言うのか? それはもちろん「ロード=道」で行うからである。普段、一般市民が行きかう道を、その日だけは自転車やランナーがコースとして使うのだ。一方、本来の道ではない公園や、港などのクローズド・スペースで開催されているレースは、本当の意味での「ロードレース」ではないのかもしれない。
(写真:選手のスピードを間近で感じる)
 なぜロードレースは、トラックやサーキット、バンクという場所で行われるものと違うのか。それは、自分たちが普段、行き交う道が競技の場として使われている。そういった日常性と非日常性の融合にあると思う。選手たちが見慣れた街並みを走って行くのを見て覚える親しみと連帯感。「あの坂ってキツいんだよな」なんて思いながら、選手のスピードに感心するあの感じだ。一方で、生活感のあるところで非日常的なレースが開催されることに刺激されワクワクしたりする。サーキットでのレースも面白いが、モナコグランプリが楽しいのはそんなところに魅力があるわけで、ツール・ド・フランスは、街から街へと走って行くところに面白さが倍増されているはずだ。
(写真:レースを初めて見る人も興味津々)

 さらに、観戦しやすいというのも大いなる魅力。人里離れた場所に行くのではなく、いつもの街中で観戦できる便利さがある。ヨーロッパなどでは、バールでワインやお茶を飲みながら観戦するというのがスタンダード。お年寄りでも、子供連れでも、時間がたくさん取れない人でも十分に楽しむことができる。途中で帰ったり、途中から見に行くこともできるという気軽さが売りなのだ。どこにだって見に行くというようなマニアなファンはともかく、「興味はあるけど」程度の軽めのファンであっても観戦できるので、盛り上がりやすい。つまり競技を見てもらうという観点からしても適しているのだ。

 しかし、残念ながら日本国内のサイクルロードレースは、クローズド・スペースで開催されることが多く、かなり「ロードレース」と呼びにくい状況にある。マニアなファンには見てもらえるが、一般人からは疎遠な存在になってきたのが実情である。国内最高峰の日本選手権ですら、関係者とファンがパラパラという有様。海外レースがTVで放映されているというのに、国内レースはどこか別物のようになっている。

 もちろん、そんな中でも厳しい状況を打破すべく行動している人たちもいる。宇都宮で開催されている「ジャパンカップ」は、もともとトップクラスの海外選手が沢山参加する大会として人気があったのだが、駅から20?以上も離れた山の中の開催でのため、熱心なファン以外、見に行く人はいなかった。しかし、数年前から多くの人に見てもらおうということで、宇都宮駅前で周回コースを作ってクリテリウム(市街地で行う短い周回コースを回るレース)を開催している。これにより今までレースを見に行かなかった宇都宮市民が観戦する機会が生まれ、3万人を超える観戦者を集めている。
(写真:コース脇には大勢の観客が詰めかけた)

 東京の観光地の中心と言っていいお台場にレースを作ってしまった人もいる。フジテレビの本間学氏は、イベントも重なり人でごった返す夏のお台場に、あえて「お台場サイクルフェスティバル」という自転車イベントを作った。自転車をこよなく愛する本間氏は「多くの人に見てもらうには、多くの人が集まるところでやらなければならない」という当たり前だが、日本においてもっとも実現の難しい論理に従い、人混みの中でレースにチャレンジしたのだ。「スポーツサイクルに触れる機会のない人に、スピード感や迫力を知ってもらいたい」という気持ちが多くの人を動かし実現したのだ。もちろん、ただレースを開催するだけでは。一般客は関心を示さない。「楽しくなければ自転車ではない」というのをキャッチフレーズに、様々な自転車の展示や、試乗など楽しめるコーナーを設置。いろいろな角度から「自転車」という乗り物を遊べるようにしたのだ。
(写真:各種イベントも盛り上がる)

 もちろん多くの制約があり、イベントとしても、レースとしても成立させるのは難しかった。既存にないスタイルに、出展したメーカーからの不平が出ていたこともある。それでも、毎年修正を繰り返し、3年目の今年は8月3、4日の2日間で3万7000人を超える観客が集まり、大いに盛り上がった。レースとしては1周800mの小さなコースで、適した場所とは言えないかもしれない。しかし、「レースのためにレースをやる」という競技団体的な思考ではなく、「スポーツサイクルの認知拡大のためにレースをやる」という志向がこうした新しい形のイベントを生み出したと言えよう。
(写真:お台場を選手が駆け抜ける)

 この形がベストなのか分からない。ただ、自転車界において現在必要なイベントであることは間違いないだろう。まだ発展途上の「お台場サイクルフェスティバル」。今後、どのような形になっていくのか楽しみだ。

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。今年1月に石田淳氏との共著で『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)を出版。
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