後期もほぼ半分を消化し、信濃グランセローズは現在、16試合を終えて10勝6敗で上信越地区の2位につけています。後期に入って、チーム状態は前期に比べて非常に良くなってきています。7月から8月にかけては7連勝しました。その最大の要因は、打線が先制をして、それを守り切るという勝ちパターンが確立できていたこと。8回はサミー(アストロズ−メキシコ・アグアカリエンテス)、9回は篠田朗樹(春日部共栄高−武蔵大)と安定したピッチャーが後ろには控えている現在の信濃の強みでもあります。
 杉山、好投のワケ

 しかし、その2人につなげるためには先発投手が5、6回まで最少失点に抑えることが必要です。その先発の柱としてチーム最多(リーグ4位)の9勝(2敗)を挙げているのが杉山慎(市立船橋高−日本大国際関係学部−金足利クラブ)です。投手陣の中で最年長ということもあり、彼の存在感はチーム内でも決して小さくありません。性格も真面目で練習にも真摯に取り組む選手です。そのために、彼が好投するとチーム全体に「よし、頑張ろう!」という空気が流れるのです。

 その杉山に早くから課題として取り組ませてきたのが、フォームの修正でした。具体的に言うと、肩のうねりを使って投げるということです。ピッチングは球が指先から離れる際のリリースポイントで最大の力を出すことができるかが重要となります。その時に、肩のうねりを使うかどうかで球威に差が出てくるのです。

 このうねりとはどういうことかというと、ピッチングは胸の部分の開閉の動きで成り立っています。足を上げると同時に一度閉め、踏み込む際に開きます。そして、踏み込み足が着地して、腕を振る時にまた閉めます。その最後の閉めの時に肩をうねらせる。つまり反動をつけて力を爆発させるのです。イメージでわかりやすいのは、広島カープの前田健太がピッチングの前に必ず行なう“マエケン体操”。あのリズムのままボールを投げるイメージです。実際、杉山はこれまで出ても140キロだったスピードが、今では144キロにまで上がりました。

 また、左バッターに対してヒザ元へのスライダーで三振が取れるようになってきたことも、杉山のピッチングの幅を広げています。以前は、そこに投げ切ることができませんでした。技術がなかったわけではありません。問題は気持ちでした。「バッターに当ててはいけない」という心理がどうしても働いてしまい、厳しいところに投げることができなかったのです。しかし、お互いに勝つか負けるかの真剣勝負をしているわけですから、「当たったら仕方ない」という一種の開き直りも必要です。杉山にもその開き直りができるようになったのです。

 昨季までの杉山はどれだけ好投していても、5、6回になると急に乱調になることも少なくない、というふうに聞いていました。彼は何でも一生懸命にやるために、それが力みにつながってしまっていたのです。そこで「オマエは普通に投げれば抑えられる。力を入れるのは、ランナーがスコアリングポジションに進んでからでいい」という話をしたところ、余裕をもったピッチングができるようになりました。そうしたメンタルでの変化も杉山の好投の要因になっているのです。

 新人・甲斐、本領発揮は9月初旬

 現在、セットアッパーとしてクローザーの篠田につなげる8回を任せているのが、サミーです。サイドスローから最速150キロのスピードを出してしまうあたり、さすがは元メジャーリーガー。142〜143キロの高速スライダーもキレ味抜群です。そして、何といってもコントロールがいいのです。入団する前に所属していたメキシコのリーグでも47試合に投げて四球はほとんどありませんでした。現在、6試合に投げて3安打無失点、8奪三振、四球もわずか2と非常に安定しています。

 一方、篠田は昨季41試合に投げて3勝1敗18セーブ、防御率1.25という好成績を挙げ、最優秀防御率、最多セーブの2冠に輝きました。今季もここまでリーグ最多タイの14セーブを挙げています。防御率は3.03ですが、これは前期を含めての数字。後期に入って徐々に安定感が増してきています。

 そして調子を上げてきているのが、甲斐拓哉(東海大三高−オリックス)です。8月1日のハワイスターズ戦では7回を投げて3安打無失点で先発初勝利を挙げました。これは自信になったことでしょう。しかし、彼はまだ道半ばです。実は1カ月前からフォームの修正をしており、目標を9月の頭に設定し、その時期には彼の実力が発揮できるようなトレーニングを組んでいるのです。

 甲斐はスライダーのキレが良く、三振の取れるピッチャーです。しかし、安定感がありません。その原因はフォームにあります。普通、ピッチャーはストライクゾーンを真上から真下に向かったラインで見ています。ところが、甲斐は身体を反らせて投げるために、そのラインが曲がっており、右バッターの足元寄りに傾いているのです。ただ、その感覚を修正するには、時間が必要です。さらに、甲斐の長所をなくす可能性もあります。そこで、現在の感覚の中で、どういいパフォーマンスを出せるかに取り組んでいるのです。9月の頭までには、さらに安定感が出せるようになっているはずです。

 さて、現在首位の新潟アルビレックスBCとは、4ゲーム差です。その新潟とは16日から4連戦があります。この4連戦が後期最大の正念場と言えそうです。少ないチャンスを確実にモノにし、それを守り切る野球ができれば勝算は十分にあります。そのためにも投手陣は7回まで2点以内で抑えることが必要でしょう。後期に入って粘り強さが出てきましたから、この新潟4連戦に勝ち越して、勢いをつけたいと思います。

田中幸雄(たなか・ゆきお)>:信濃グランセローズコーチ
1959年2月27日、千葉県出身。流山高、社会人の電電関東を経て、1982年ドラフト1位で日本ハムに入団。1年目から5勝(4敗)を挙げ、4年目の85年には近鉄戦でノーヒットノーランを達成した。90年に中日に移籍し、翌シーズン限りで引退。その後は日本ハムでスカウト、投手コーチを務める。2007年に社会人のJFE東日本のコーチとなる。10年には横浜のスカウトに就任。今季より信濃グランセローズの投手コーチを務める。
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