中野美優(日本体育大学水球部/高知県高知市出身)第3回「“不毛の地”が全国の頂点へ」
2008年3月30日、高知県水球界にとって、歴史的快挙が成し遂げられた。第30回JOCジュニアオリンピックカップ春季大会。15歳以下女子の部で高知代表の春野クラブが、決勝トーナメントを勝ち抜き、全国制覇を達成。それは“水球不毛の地”であった高知にとって、全カテゴリーにおける初めての栄冠だった。「良かったな」。そう言って、徳田晃監督はプールから上がってきた選手ひとり一人と握手をした。守りの要として優勝に貢献した中野美優は、その時の握手が今でも忘れられない。自分が初めて認められたような気がしていた――。
「守りでは彼女がNo.1でしたよ。きっちりとフォームをつくって守ることができる選手でしたからね。当時はチームでは身体が大きかったこともあって、中学1年の時にゴールキーパーからセンターバックにかえたんです。まさに守備の要でしたよ。彼女がセンターバックとして非常に正確なプレーをしていましたから、守りに関してはまったく心配していなかった。安心して見ていられましたよ」
徳田監督はそう言って、当時を振り返った。指揮官の中野への信頼は絶大だったようだ。
決勝トーナメント1回戦、中野が所属する春野クラブは松任ジュニア(石川)を14−5で下し、準決勝へと進んだ。準決勝の相手は優勝候補の筆頭に挙げられていた川口SC(埼玉)だった。試合は、取られたら取り返すのシーソーゲームとなり、最後までお互いに一歩も譲らない大接戦となった。結果的に、第1ピリオドで2−1とリードした1点が試合を決め、春野クラブが5−4で競り勝った。
「まさか勝てるとは思いませんでした」と中野。驚きと喜びが入り交じった気持ちだった。それは、本人だけではなかった。応援に駆け付けていた母・美和にとっても、それは予想外のことだったという。
「実は決勝まで残るとは思っていなかったんです(笑)。翌日には用事があったので、その日中に高知に帰るつもりでした。でも、せっかく勝ったのに、決勝を見ずに帰るわけにはいきませんからね。急いで連絡をして、なんとか残れるようにしました」
そんな母の苦労を知ってか知らぬか、中野は無駄にはしなかった。翌日の決勝、春野クラブは相手の山形クラブをまったく寄せ付けず、11−2の圧勝で全国の頂点に立った。
「見ていて、相手はうちに何もさせてもらえなかった、という感じでしたよ。それほど圧倒的でした。それも、やっぱり守りが良かったからですよ」
徳田監督は勝因をこう語った。
試合後、プールから上がってきた選手たちの顔には満面の笑みがこぼれ、目には涙があふれていた。その時の光景を母・美和は今も鮮明に覚えている。
「選手たちがみんな泣きながら、観客席に向かって手を振ってくれました。監督もニコニコしながら、選手たちを迎えていましたね。あんな監督の笑顔を見たのは初めてでした。何度か練習を見に行ったことがありますが、いつも大きな声で指導していて、なかなか褒めてもらえないというのも聞いていましたからね。その監督が選手と一緒に輪になって喜んでいたんです。美優も本当に嬉しそうでした」
しかし、それから間もなくして最終学年となった中野たちを大きなプレッシャーが襲った。中野にとって、水球人生で最も苦しい1年が待っていたのである。
(第4回につづく)
<中野美優(なかの・みゆ)>1993年11月2日、高知県高知市(旧春野町)生まれ。小学4年から春野クラブで水球を始める。中学2年時にはJOCジュニアオリンピックカップ春季大会で県勢初の優勝を収める。翌年の夏季大会では準優勝した。昨年、日本体育大学に進学し、1年生ながら正GKとして日本学生選手権連覇に大きく貢献。9月のアジアジュニア選手権では日本代表として初の国際舞台を踏んだ。

(文・写真/斎藤寿子)