9月8日、記念すべき東京オリンピック・パラリンピック開催が決定した。早朝から起きて、この瞬間をLiveで見ていた方も多かったのではないだろうか。正直、決定に対する反応の早さと大きさは、東京オリンピックに対する国民の期待の大きさ、注目度の高さを示すものではなかったかと思う。まあ、国民気質として決まったもの、大勢が注目するものに対して興味を示すというのはいつものことではあるが……。いずれにしても、多くの人々がオリンピック開催に関して興味を持ってくれるということは嬉しいことだ。
(写真:招致決定を祝いライトアップされた都庁)
 今回の開催に向けて、国立競技場の新設を始めとするインフラ整備には4000億〜1兆円程度の費用がかかると言われている。この予算を東京にかけるなら、東日本大震災の被災地の復興にかけるべきという意見はもっともである。被災から2年半経ったにも関わらず、まだまだ現地では復興したというより、物理的な再建が始まった段階。生活を取り戻すにはもちろん、気持ちの復興にも時間はかかりそうだ。被災地だけではなく、他の地方からも「また東京に集中するのか」というため息交じりの声が出るのも当然だろう。

 被災地の外に住む我々は、現地がまだまだ復興の途上にあることを忘れてはならない。そのために、現地からの情報発信はもちろん、我々が被災地を訪れる機会も必要だろう。僕も自転車イベントなどを通して、そんな活動は大事にしたいと思っている。しかし、オリンピックをやらなければ、復興に向けてより良くなるのかと言われると……なにか引っかかる。

 そもそもオリンピックが来ることで何が起こるのか。もちろん経済効果があるのは間違いない。一説によれば、その効果は3兆円とも言われている。公共投資はもちろん、さまざまな場面で経済は活性化することが予想でき、高まる雰囲気がさらに景気を押し上げることになると期待できる。

 しかし、大切なのはお金ではない。「本物のスポーツを目の前で感じられる機会の提供」という教育的効果も重要であろう。どんなスポーツにせよ、世界の頂点を決める瞬間のエネルギー、オーラは並大抵ではない。まして、そこに人生をかけた選手、スタッフ、団体が国の代表として乗り込んでくるのだ。そのエネルギーを肌で感じることはとても大切だと思う。特に子供たちが、多くの選手が一所懸命に戦い、競う姿を見る機会は、その後の人生に多大な影響を与えるのではないか。

 また、日本という家に多くのお客さんを迎える緊張感、高揚感も大切だ。「国が」や「政治が」と非難するのは簡単だが、それだけでは何も始まらない。それぞれのレベルでできることもあるし、考えることもある。それは家の前を綺麗にすることかもしれないし、語学を学ぶことかもしれない。自国開催を機会に、国民一人一人がオリンピックとの関わり方を考えることはとても意味のあることなのではないだろうか。とかく個人主義になっている日本。特に都会では自分のことのみになってしまっている風潮の中で、社会が自分に何をしてくれるかでなく、自分が社会に対して何ができるかを考えられるなんて、オリンピックでも来なければなかなかないだろう。今の日本に最も必要で、失われつつあるもの。それを考え、感じ、行動する機会になるのではないだろうか。

 そう、僕が思うもっとも大きなメリットは「日本全体で大きな目標を共有する一体感」だと思う。社会的な立場や、年齢などの差はあれど、皆が同じ夢をみて、それを作り上げていく。もちろんできることも、求めるモノも少しずつ違うけれど、最終的に「自国でのオリンピック」という大きな夢に向かって、自分なりのアクションがあるはずだ。成熟社会がゆえに、一体感を失いつつあるこの国にもっとも必要なことではないだろうか。そんな気持ちが国内で湧き起ってくれば、被災地への支援ももっと変わってくると思えるのだが……。経済対策だけでは得ることのできない人間のつながりが再生できたなら、十分に開催意義があると思える。日本の力と気持ちを信じ、この7年の変化を楽しみにしていきたい。

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。今年1月に石田淳氏との共著で『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)を出版。
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