5階級制覇王者フロイド・メイウェザーの輝かしいキャリアの中でも、最高傑作のひとつに数えられる見事なパフォーマンスだった。
 9月14日、ラスベガス――。“近年最大のファイト”と称されたメイウェザー対サウル・“カネロ”アルバレスのWBA、WBC世界スーパーウェルター級統一戦だったが、盛り上がりを見せたのは試合前までだった。
(写真:メイウェザー対アルバレス戦の興行収入は史上最高を記録。大成功のイベントとなった)
 蓋を開けてみれば、36歳を迎えても衰えを感じさせないスピード、スキルを誇るメイウェザーの圧勝。114−114でドローと採点したジャッジが嘲笑を浴びたほどで(あとの2人のジャッジは116−112、117−111)、現役最強王者は改めてその実力を印象づけた。

 ただ……そのメイウェザーの今後を考えていくと、魅力的な対戦者が豊富に残っているとは言えないのも事実である。カネロ戦で歴史的な大興行を成功させた後、独占契約を結ぶテレビ局の「Showtime」は次戦もビッグイベントに仕立てたいはず。その相手となるのは誰か、ここで候補となるボクサーをピックアップしていきたい。

 ダニー・ガルシア
アメリカ/WBA、WBC世界スーパーライト級王者/27戦27勝(16KO)

 メイウェザー対アルバレス戦のセミファイナルでルーカス・マティセと対戦したガルシアは、ダウンを奪っての判定勝ちでアルゼンチンのパンチャーを見事に撃破した。「絶対不利」と予想された一戦で明白な勝利を飾ったことで、ガルシアは近未来のビッグマッチに大きく前進したと言ってよい。

 これと言った武器がないがゆえに過小評価されがちだが、勝負強さとハートの強さで勝つ術を見出し続ける。エリック・モラレス、アミア・カーン、ザブ・ジュダー、そしてマティセといったビッグネームを連破したのだから、そろそろスーパーライト級最強の冠を与えられても良いだろう。
(写真:不利の予想を覆してカーン、マティセを撃破したガルシアにはスリリングな魅力がある)

 ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)契約下で、強力アドバイザーのアル・ヘイモンからサポートを受けている点もメイウェザーと同様。マッチメイク自体は容易であり、来年5月に予定されるメイウェザーの次戦の最有力候補はガルシアだと多くの関係者が考えているのも納得できるところではある。

 ただ、ガルシアはウェルター級での実績は皆無で、実力的にメイウェザーに太刀打ちできるとも思えない。9月14日のセミファイナルで全国に名を売ったとはいえ、今だに知名度不足は否めず。メイウェザー戦のペイ・パー・ヴューの購買数も100万件到達が精一杯だろう。200万件を突破したカネロ戦の後で、試合を放送する「Showtime」局はこのカードを承諾するだろうか。

 大一番に臨む前に、ガルシアはキース・サーマン、マルコス・マイダナ、ロバート・ゲレーロ、ポーリー・マリナージといったウェルター級選手たちを相手に経験を積むのが得策。映画「ロッキー」のアポロ対ロッキー(ガルシアもロッキーと同じフィラデルフィア出身)を彷彿とさせる“絶対王者対アンダードッグ”のタイトル戦実現は、その後でも決して遅くないように思える。

 アミア・カーン
イギリス/元WBA、IBF世界スーパーライト級統一王者/31戦28勝(19KO)3敗

 攻撃的でスピーディなスタイル、シャープなマスクを併せ持つカーンは、イギリスでは英雄的な人気を誇る。メイウェザーと激突したとして、カーンの打たれ脆さを考えれば、結局は最強王者が久々のKO勝利を飾りそうだが、少なくとも序盤のラウンドは瞬きも許さないスピード合戦が楽しめるだろう。
(写真:米国内の知名度はもうひとつも、カーンはイギリスでは大スターだ)

 イギリスのテレビ局が供給するビッグマネーのおかげで、米英の人気者対決は巨大ビジネスになる。それらの根拠から、筆者は実はこのカーンこそがメイウェザーの次戦の本命なのではないかと考えている。

 アメリカ国内では最高級に注目されるタイトル戦にはならないが、メイウェザーがイギリス遠征を承諾すれば話は別。GBPのリチャード・シェイファー社長が「メイウェザー対カーン戦はウェンブリー・アリーナに9万人を動員するだろう」と語る通り、ロンドン挙行となれば歴史的なビッグイベントとなる。前述通りアゴの弱いカーンならリスクは少ないと考え、メイウェザーが敵地防衛戦を飲む可能性もゼロとは言えないのではないか。

 カーンはまず12月7日にIBF世界ウェルター級王者デボン・アレクサンダーへの挑戦を控えている。ウェルター級転向以降のカーンが不安定なこともあり、この試合はアレクサンダーがやや有利という声が多い。

 ここで敗れてしまえば、もうメイウェザー戦どころではないが、印象的な形で勝てば商品価値は再び高まるはず。そういった意味で、12月のタイトル戦はカーンの近未来を左右する一戦と呼んでも過言ではないはずだ。

 バーナード・ホプキンス
アメリカ/IBF世界ライトヘビー級王者/63戦53勝(32KO)6敗2分2無効試合

「フロイドが160パウンドまで体重を増やし、俺が160パウンドまで減らせば対戦できる。最高の試合になるはずだ」
 メイウェザー対アルバレス戦の後、48歳のホプキンスは記者会見場でそんな演説を展開して話題を集めた。152パウンドの契約ウェイトでアルバレス戦に臨んだメイウェザーと、近年は175パウンドリミットのライトヘビー級で戦ってきた史上最年長王者のミドル級での対決。理論上は不可能ではないだけに、この“階級を超えた一戦”は一部のメディアから取り上げられることになった。
(写真:最後のビッグファイトを望むホプキンスの気持ちも理解できるが、メイウェザー戦はファンタジーの域を出ない)

 ただ、現実的に実現する可能性は極めて低いだろう。2006年以降は、1度も160パウンドまで落としたことのないホプキンスが本当にミドル級に落とせるのかという問題以前に、慎重なメイウェザーがこれほどリスキーな試合を受け入れるとは思えない。無敗レコードを守ることに誰よりも執着するスピードスターは、ミドル級以下で戦った経験のない選手と対決する博打は打たないだろう。

 個人的に、この荒唐無稽な一戦が実現して欲しいとも特に思わない。メイウェザーが未踏のミドル級に足を踏み入れるなら、戦ってほしいと思う選手が他に何人も存在するからだ。

 エイドリアン・ブローナー
アメリカ/WBA世界ウェルター級王者/27戦27勝(22KO)

 抜群の身体能力と奔放な悪役キャラゆえ、24歳のブローナーは“ネクスト・メイウェザー”と呼称されることも多い。今年6月に飛び級のウェルター級挑戦を成功させた元スーパーフェザー級、ライト級王者は、メイウェザーとの直接対決も可能な位置に到達している。

 ただ、メイウェザーを敬愛するブローナーはリング内外で先輩を模倣している感もあり、プライベートでも“兄弟”と呼び合うほど仲の良い間柄。それゆえ、2人は対戦の可能性を否定している。
(写真:次期スターと期待されるブローナーもまだ実績、実力不足だ)

 それでも将来的に、メイウェザー対ブローナー戦が実現するシナリオは十分に考えられる。無敗のまま2階級制覇を達成したブローナーがさらに知名度を上げれば、メイウェザー戦はアメリカ国内では特大ビジネスとなるはず。2人の友情が続くか壊れるかは別の話として、ボクシング界では金の魅力によって多くの問題が解決に向かうものである。

 映画のたとえに戻れば、この試合は「ロッキー5」のロッキー対トミー・ガンさながらの師弟対決。世代交代の一戦としての魅力もあり、特にアメリカの黒人層から圧倒的な支持を受けることになるはずだ。

 もっとも、そうなるとしても、もうしばらく先の話だろう。現時点では両者のボクシングの完成度には雲泥の差がある。ウェルター級初戦ではベテランのマリナージに予想以上に苦戦したブローナーは、12月にアルゼンチンのタフガイ、マイダナとの初防衛戦が決定。一部から“スーパースター候補”と注目を浴びる新星は、このマイダナ戦でウェルター級でもエリートレベルとなり得ることを証明し、近未来のスーパーファイトへの期待を煽れるだろうか。

 ゲンナジー・ゴロフキン 
カザフスタン/WBA世界ミドル級王者/27戦27勝(24KO)

 ここまでガルシア、カーン、ブローナーと名前を挙げて来たが、実際にはスーパーライト〜スーパーウェルター級でメイウェザー相手に現実的な勝機があると考えられる選手は皆無なのも事実である。だとすれば、最強王者がミドル級に進出する姿を見たいというのがファン心理だろう。

 特にアメリカ進出後は豪快KOを連発して新しいセンセーションを起こしたゴロフキン戦は、まさに垂涎の究極ファイト。これまで多くの強豪を撃破してきたメイウェザーにとっても、“キャリア最大の挑戦”となるに違いない。
(写真:破壊的パンチャーのゴロフキンにミドル級で挑むことを決意すれば、”強敵を避けている”とのメイウェザーへの批判も鳴りやむだろう)

 ただ、ホプキンス同様、これほど危険なファイトを慎重なメイウェザーが受け入れるとは少々考え難い。そして、メイウェザーにミドル級進出の意思があるかどうか以前に、ゴロフキンはメガケーブル局「HBO」との結びつきが強いことも障壁になる。

 メイウェザーが「HBO」のライバルである「Showtime」と6戦契約の最中にいること、上昇中のゴロフキンもアメリカ国内ではまだビッグネームと言えないことなどから、両サイドが歩み寄っての頂上決戦実現はまずあり得まい。同じ事情はこちらもHBO傘下のWBC、WBO統一ミドル級王者セルヒオ・マルチネスにも当てはまる。

 そんな状況下で、メイウェザーがミドル級進出を画策することがあるとすれば、標的は同じGBP傘下のWBO王者ピーター・クィリンになるのだろう。29戦全勝(21KO)のクィリンも粗さが目立つ選手ではあるだけに、メイウェザーが与し易しと考える可能性も僅かにあるかもしれない。

 いずれにしても、偉大なボクサーにはキャリア中に一度は無謀に近いチャレンジを敢行して欲しいもの。過去2戦のメイウェザーは完璧に近いボクシングで魅了しただけに、ここでミドル級進出のアドベンチャーに挑んでほしいと切望しているスポーツファンは多いに違いあるまい。

 マニー・パッキャオ
フィリピン/元6階級制覇王者/61戦54勝(38KO)5敗2分

 昨年6月と12月にパッキャオが2連敗を喫したことで、アメリカ国内ではメイウェザー対パッキャオ戦を待望する声もほとんど聞かれなくなっていた。しかし、興味深いことに、メイウェザー対カネロ戦が終わった後、再びパッキャオ戦の可能性が取り沙汰されることが少しずつ増えてきている。

 カネロ戦がビジネス的に大ヒットした後で、同様の成功を期待できる対戦相手が枯渇している現実がその根底にあるのだろう。実際、メイウェザーにとっても、カネロを退けた後で、PPV売り上げ200万件以上が臨める相手は依然としてパッキャオだけである。

 パッキャオは11月にマカオにてブランドン・リオス相手の復帰戦を予定している。この試合でフィリピンの雄が鮮烈な形で勝てば、スーパーファイトの待望論はますます高まりそうだ。

 もっとも、現状ではマッチメイクはこれまで以上に難しい。パッキャオがGBPのライバルであるトップランク社の所属であるだけでなく、メイウェザーの「Showtime」との契約により、放映テレビ局まで違ってしまった。パッキャオは来年いっぱいまでトップランク社との契約を残し、メイウェザーはトップランク社のボブ・アラム氏との提携を拒否していると伝えられる。そんな状況下では、近未来の交渉成立は絶望的なのが現実である。
(写真:長い間、待望されてきたパッキャオとの最終決戦の実現見通しは依然として立たないままだ)

 大逆転のシナリオがあるとすれば、パッキャオとアラムのケンカ別れか、GBPとトップランク社の電撃的和解か、あるいはメイウェザーが他の相手を選んで行なう次回の防衛戦がビジネス的に大惨敗に終わった場合か。いずれにしても、越えなければハードルが多すぎるため、この黄金カードの2014年中の実現は、やはり絶望的に思えるが……。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。

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