時間の問題だとは思っていたが、いざ新記録を目のあたりにすると特別な感慨がある。9月15日、東京ヤクルトのウラディミール・バレンティンが神宮球場の阪神戦でシーズン56号本塁打を放ち、日本新記録を樹立した。王貞治(64年)、タフィー・ローズ(01年)、アレックス・カブレラ(02年)が保持していた55本を49年ぶりに更新した。

 これまで55本という数字は、プロ野球においてアンタッチャブルなものだった。残り2試合を残して新記録に2本と迫っていた阪神のランディー・バースは、巨人投手陣の徹底した四球攻めにあった。

 近鉄のローズは135試合で55本をマークし、あと5試合での新記録は確実と思われた。ところが王ダイエーはローズとの勝負を避け続け、その結果、「フェアプレーを至上の価値とする野球の本質から外れている。そうして守られた記録は、その記録ばかりか記録を達成した選手の人格をも汚すことになる」と川島廣守コミッショナー(当時)の怒りを買った。

 西武のカブレラもローズ同様、残り5試合で王の記録に並んだ。今度こそ、と思われたが、厳しい内角攻めにあってバッティングを崩してしまった。

 今から40年前、ベーブ・ルースが持つ通算ホームラン記録(714本)に迫っていたハンク・アーロンのもとに脅迫状が届いた。黒人が白人の記録を塗りかえるなんてけしからん、との無言の圧力がアーロンを苦しめたのである。

 王を育てた荒川博が「約50年もかかって遅いくらいだ」と語ったように、55本という聖域はもう少し早く打ち破られるべきだった。記録更新を目前にしての四球乱発は、興醒めするばかりではなく、野球協約の「敗退行為」に抵触する疑いすらあるものだった。

 さて、長い“記録の呪縛”から解かれたプロ野球はどうなるのか。“飛ばないボール”で48本ものホームランをかっ飛ばした中村剛也あたりがフル出場を果たせば、そう遠くないうちに記録更新は可能だろう。


<この原稿は2013年10月7日号『週刊大衆』に掲載されたものです>

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