このところ、思いがけず知人から「おめでとうございます」と声をかけられる。
「えっ?」
「クライマックスシリーズ(CS)、初出場なんでしょ。良かったじゃないですか」
 要するに、広島カープのCS進出を祝ってくださるのである。もちろん、気をつかっていただいて、ありがたい限りなのだが。と、つい奥歯にもののはさまったような言い方をしてしまう……。
 振り返ってみよう。広島が3位以上を確実なものにするのにポイントになったのは、9月14〜16日の巨人3連戦である。今季の巨人戦は、それまで3勝12敗2分(この時点では、とてもCSで巨人と日本シリーズ進出を争う資格のある戦績とはいえない!)と大きく負け越していた。その巨人を本拠地マツダスタジアムに迎え、3連戦3連勝したのが大きかった。

 例えば3連勝目がかかった16日。試合は1−1の同点のまま8回裏を迎える。ここで巨人はセットアッパー山口鉄也が登板、先頭の丸佳浩がレフト前ヒットで出て、2番菊池涼介の内野ゴロで1死二塁。打席には、3番キラ・カアイフエ。ご承知のように、今年7月に鮮烈なデビューを飾って、8、9月のカープ進撃の原動力となった新外国人選手である。ただし、山口とは左対左。通常なら、そう簡単には打てない、と予想するのが自然だろう。

? インコース スライダー ファウル
? インロー ストレート ボール
? インロー ストレート ボール
? アウトロー スライダー ボール
? インロー スライダー ライト前ヒット

 ちょっと山口らしくない、と感じませんか。左打者に3球ボールが続くとは。しかも、この痛烈な打球をライト長野久義が後逸して、二塁ランナー丸が生還。なおも1死三塁となって、4番ブラッド・エルドレッドはレフト前タイムリー。ここで山口はあえなく降板となった。代わった高木京介から小窪哲也がタイムリー、代打・上本崇司が押し出し四球で、一挙に5−1とリード。9回表に巨人が反撃したが、5−4で逃げ切ったのでした。あの巨人に対して、1−1から8回に一気に4点奪って勝負を決めるのだから、今のカープは強い、という証明のようなシーンだと言うことは可能だろう。CS進出も当然だ、と。キラが勝ち越しを呼び込むクリーンヒット を打ったのも、後半戦の勝負強さを象徴している。しかも、これで6連勝。 

 CS制度がもたらした大竹渾身のストレート

 翌17日は、2位阪神との、いわば直接対決だった。この試合は、2−1と接戦を制してついに破竹の7連勝を飾る。勢いからいっても、これでほぼ、3位以内が確定することになったと言っていいだろう 。その意味では、大きなポイントとなった試合である。印象的なシーンがある。1−1で迎えた8回表である。好投を続ける広島先発・大竹寛は、2死三塁のピンチを招き、打席には阪神の代打の切り札・桧山進次郎。ここで打たれれば、さすがに敗色濃厚。それまでの力投がムダになる。CSに行くためには、どうしても抑えねばならない。

 1ボール2ストライクからの4球目だった。大竹、足を上げて、腕を振って、渾身のストレートがアウトローへ。150キロ! 桧山、空振り三振。このストレートの軌道は、今でも脳裏に焼き付いている。何か超常的な力が乗り移ったような、ボール自体が「打たれない」という意志を内包したような、迫力の1球だった。大竹の野球人生を賭けた生涯最高のボールと言っても、過言ではないかもしれない。なぜなら、この1球は、試合そのものをも決めたのである。9回裏、先頭打者・石原慶幸になんとサヨナラホームランが飛び出してカープが勝利したのだが、この一打は、あの大竹のボールの常ならぬ力が打たせたとしか思えない。石原こそが、あのボールを受け止めた捕手なのだから。

 ここでひとつの仮定を持ち出してみる。もしCSがなかったら、大竹はあの1球を投げることができただろうか。多分、投げられなかっただろう。初のCS進出というモチベーションが、彼に尋常ではない力を与えたのである。CSという制度は、確かに、消化試合を減らすという大きな効果をもたらしている。パ・リーグは10月に入ってもなお、2位千葉ロッテから3,4位の埼玉西武、福岡ソフトバンクまでが、CS進出を巡って、熾烈なつばぜり合いを演じている。

 ただ、その一方で、3位でも、たとえシーズン負け越しでも、日本シリーズに勝って日本一になれるという現行システムが、まっとうなものだとは、とうてい思えない。ペナントレースを制した者が日本一を争うのが、あるべき姿ではないだろうか。例えば、セ・リーグの場合、3位争いは盛り上がったけれども、巨人の優勝は8月の時点でほぼ確定していた。巨人の3位以内となると、さらにとっくの昔に確定していた。

 9月16日の8回裏、確かにマウンドに上がったのは、中継ぎエースといっていい山口である。しかし、捕手は井野卓だった。正捕手の阿部慎之助は、体調が万全ではないようだ。無理をして出場して大事に至っては元も子もないということだろう。CSや日本シリーズを見越した起用である。そこに、切迫感は感じられない。

 しかし、明らかに山口と井野のバッテリーはスムーズではなかった。別に井野を責めているのではない。エース級と正捕手には、2人で長く築いてきた関係がある。それが打者に対する武器になる。もし、捕手が阿部だったら、あそこで山口がボールを3球続けることはなかったかもしれない。自ずとキラのバッティングも変わってくる……。こんな、架空の想像に意味がないことは重々承知しているが。

 つけ加えるなら、この日の巨人の先発は、今村信貴である。期待の若手だし、カープ打線は4回の4安打を除けば、打ちあぐねた というのが実情ではある。しかし、もしギリギリの優勝争いの最中であれば、考えにくい起用だろう。3位争い、CSと盛り上がる一方で、リーグでもっとも強い優勝チームに、ある種の空洞化を強いるのもまた、CSの一面なのである。

 CS制度、改革のとき

 せっかくだから、広島ネタを続けさせていただこう。9月25日、2−0と4位・中日を下して、ついに広島のCS進出が決定した。選手もファンも、口々に喜びを語った。その中で、前田健太のコメントが目を引いた。彼は、「優勝じゃない。3位で達成感があるわけじゃない」(デイリースポーツ9月26日付)と言い切ったそうだ。この人には、つくづく感心する。いつも高らかに目標を掲げる。それを公言したうえで、必ず達成しようとする。人生、いつも有言実行である。

 まずは「エースになりたい」「エースと言われたい」と言ったが、これはもう実行したと言っていいだろう。「ワールド・ベースボール・クラシックを経験したい」「日本のエースになりたい」も、まぁ、今春、一応達成したと言える。そして、確か「CSに行きたい。CSに出れば、強いチームに変われる」と何度も繰り返してきたのである。

 実際、打の功労者がキラなら、投は前田健である。7月からの8連勝が大きかった。とうとう「CS発言」も有言実行したな、と思っていたら、いきなり「3位で達成感があるわけじゃない」である。とりあえず「3位に入れば(目標を)優勝に変えられる」(デイリースポーツon line)ということらしい。しかし、それだけでは「達成感があるわけじゃない」という言葉は、とっさに出ないだろう。おそらく、彼は本気で優勝を狙っているのである。この際、監督を前田健兼任にしたらどうですか(笑)。

 ペナントレースとは、あくまで優勝を争うものである。決して3位を目指すものではない(ちなみに、カープは今年もシーズンの負け越しが決まっている)。その意味で、前田健のような意識のありようは、救いである。しかし、制度が個々の選手の意識に頼っていていいはずはない。

 日本のプロ野球にも、プレーオフ制度は定着した。それなりの成果は出ている。その今だからこそ、制度のさらなる改革を考えるべきである。たとえば、2位と3位は1試合だけのプレーオフにしてしまうとか、あるいは3位チームは2位に3連勝しない限り勝ち進めないとか、セ・パの1位と2位の4チームによるたすき掛けで日本シリーズ進出を決めるとか、シーズン負け越しチームはCS出場権を失うとか、1位とのゲーム差によって上位チームのアドバンテージに差をつけるとか、もちろんこれらは思いつきに過ぎないが、考えれば、いくらでも改革案はあるはずだ。機構側も選手側も、考える努力をしていないだけではないか。

 2020年、東京オリンピック開催が決まった。東京電力は3日、福島第一原発のタンクから高濃度汚染水が漏れ、一部が海に流れ出たと発表したそうだ。「状況はコントロールされている」。我が首相はIOC総会でそう胸を張った……。どこの仮想社会でもなく、今のこの日本社会に、我々は生活している。政治も、野球という文化も、いつもすでに目の前にあり、そして否応なく進行している。だからこそ、改めて確認しておきたい。目的は手段を正当化しない。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者
◎バックナンバーはこちらから