続投なら協会は強く「ザック支持」を伝えるべき
わたしは、事ここに至ったからにはザッケローニ監督を解任するのが一番手っとり早い修正案だと思う。コンフェデ杯イタリア戦での日本には、まだ自分たちのサッカーに対するプライドや夢があった。守備はズタズタにやられたが、それは相手も同じことだった。何より、あの時の日本には、日本人以外にも愛される魅力があった。
だが、あれからまだ半年もたっていないのに、チームはまるで別物になってしまった。「停滞」は「急降下」になり、「ダークホース」は「完全なるアウトサイダー」に転落した。イタリアを相手にしても最後まで闘志を失わなかったチームは、セルビアに、ベラルーシに先制点を奪われただけで、重たい雰囲気に覆い尽くされるようになってしまった。
これは、戦術やコンディションに起因するものではない。純粋にチームメンタルの問題である。
まだ世界でさしたる結果を残していない日本が、それでも世界へ飛躍しようとしたのである。羅針盤のない航海は、大いなる不安を伴う。W杯予選の終盤、コンフェデ杯は、それまで順風満帆に来た“ザック丸”が初めて直面した逆風だった。そして、当然のように芽生えた船員の不安は、手つかずのまま放置されてしまった。
不安を消すにはどうしたらいいのか。自信を吹き込むしかない。経験から来る確信に満ちた自信でもいい。怖いもの知らずの若々しい自信でもいい。新しい指揮官なのか、新戦力なのか。いまのチームには存在していない誰か、何かが必要になってくる。
生き馬の目を抜くイタリア・サッカー界を生き延びてきたザック監督は、おそらく、いまの自分の立場を「風前の灯火」と考えているのではないか。今年に入っての大失速。イタリア人監督であれば、当然、更迭を覚悟する。あれほど低調な試合だったセルビア戦のメンバーを、ベラルーシ戦でもそのまま使ったのは、余裕のなさからくる安全策へのしがみつき、にしか思えなかった。
彼が指揮をとった2年あまりで、日本代表は素晴らしく強くなった。そのことを踏まえた上で、それでも、わたしは別れを告げる時がきたと感じている。
だが、日本サッカー協会が彼に続投をさせるというならば、今まで以上に強く、明確に「ザック支持」を伝える必要がある。追い詰められ、保守的なやり方に逃げ込みがちな監督を、もっと挑戦的、冒険的な方向に転換させるには、そうするより道はない。少なくとも、フリーハンドで任せているだけではどうにもならないところまで、彼とチームは来てしまった。
残念ながら、ザック監督は逆境に強いタイプではない。それでも彼を使うならば、協会が逆境を打ち消すために、何らかの手を打つしかないはずなのだ。
<この原稿は13年10月17日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
だが、あれからまだ半年もたっていないのに、チームはまるで別物になってしまった。「停滞」は「急降下」になり、「ダークホース」は「完全なるアウトサイダー」に転落した。イタリアを相手にしても最後まで闘志を失わなかったチームは、セルビアに、ベラルーシに先制点を奪われただけで、重たい雰囲気に覆い尽くされるようになってしまった。
これは、戦術やコンディションに起因するものではない。純粋にチームメンタルの問題である。
まだ世界でさしたる結果を残していない日本が、それでも世界へ飛躍しようとしたのである。羅針盤のない航海は、大いなる不安を伴う。W杯予選の終盤、コンフェデ杯は、それまで順風満帆に来た“ザック丸”が初めて直面した逆風だった。そして、当然のように芽生えた船員の不安は、手つかずのまま放置されてしまった。
不安を消すにはどうしたらいいのか。自信を吹き込むしかない。経験から来る確信に満ちた自信でもいい。怖いもの知らずの若々しい自信でもいい。新しい指揮官なのか、新戦力なのか。いまのチームには存在していない誰か、何かが必要になってくる。
生き馬の目を抜くイタリア・サッカー界を生き延びてきたザック監督は、おそらく、いまの自分の立場を「風前の灯火」と考えているのではないか。今年に入っての大失速。イタリア人監督であれば、当然、更迭を覚悟する。あれほど低調な試合だったセルビア戦のメンバーを、ベラルーシ戦でもそのまま使ったのは、余裕のなさからくる安全策へのしがみつき、にしか思えなかった。
彼が指揮をとった2年あまりで、日本代表は素晴らしく強くなった。そのことを踏まえた上で、それでも、わたしは別れを告げる時がきたと感じている。
だが、日本サッカー協会が彼に続投をさせるというならば、今まで以上に強く、明確に「ザック支持」を伝える必要がある。追い詰められ、保守的なやり方に逃げ込みがちな監督を、もっと挑戦的、冒険的な方向に転換させるには、そうするより道はない。少なくとも、フリーハンドで任せているだけではどうにもならないところまで、彼とチームは来てしまった。
残念ながら、ザック監督は逆境に強いタイプではない。それでも彼を使うならば、協会が逆境を打ち消すために、何らかの手を打つしかないはずなのだ。
<この原稿は13年10月17日付『スポーツニッポン』に掲載されています>