「最悪のシナリオでした」
 長澤和輝がこう振り返ったのは、主将になって迎えた2009年の全国高校総体千葉県予選1回戦、幕張総合高校との試合だ。終始八千代高校が攻め込んだものの、終了間際にカウンターからゴールを奪われ、0−1で敗れた。全国の切符を逃した悔しさももちろんあっただろう。しかし、3年夏の総体は、多くの高校サッカー選手にとって将来を占う意味でも重要な大会だった。というのも、サッカーで強豪といわれる大学は、3年夏までの実績を考慮して新入生を採用することが多い。だが、長澤はそれまで各全国大会の出場経験がなかった。国民体育大会などへの選抜歴もない長澤にとって、大学に自身をアピールするには3年夏の総体が最後のチャンスだったのだ。
 しかし、捨てる神あれば、拾う神あり。総体後、長澤はサッカー人生において重要な出会いを果たす。夏のある日、八千代は専修大と練習試合を行った。その時に長澤は自身でも「なかなか調子がよかった」と感じるほど、大学生相手にもまったく引けを取らないプレーを見せた。そんな八千代のキャプテンに目を奪われたのが、専修大監督の源平貴久だった。
「キックがうまく、体幹がぶれない。動きもシャープでしたね」
 源平は長澤の第一印象をこう振り返った。そして、その日のうちに「ぜひウチに来てほしい」と声をかけたという。

 実は、長澤は希望する大学のセレクションに落選していた。だが、専修大のほかにも誘われていた大学があった。どの大学を選択するか――。そこで彼が重視したのが、チームスタイルだった。専修大には長澤の好むスタイルがあった。
「専修大との練習試合後、1度、練習にも参加させてもらったんです。その時に、足元の技術があって、しっかりパスを回すチームという印象を受けました。当時の専修大は、1部と2部を行き来するような“うまいけど勝てない”チームだったらしいんです。ボールを回すのはうまいけど、点がとれない。でも、僕はパスを回すサッカーが好きだったので、そのチームで勝てるようになりたいと考えたんです」
 自分の好きなスタイルでサッカーをやりたい。思えば、八千代に進学した理由も同様だった。

 進路が決まった長澤はキャプテンとしてチームを牽引し、その年の冬、八千代を3年ぶりに全国高校サッカー選手権に導き、ベスト16進出に貢献。そして、大会優秀選手という評価を得て、彼は大学サッカーという新たな舞台へ足を踏み入れた。
 
 長澤が入学した10年、専修大は関東大学サッカーリーグの2部に所属していた。前年に1部から降格していたのである。しかし、長澤は「1年生の時に2部、2年生の時は1部と、ステップアップするという意味で悲観はしていなかった」という。長澤は1年時の前期からリーグ戦のメンバーに入り、途中出場ながらも経験を重ねた。

 覚醒を促した指揮官の一言

 2部とはいえ、長澤は「高校サッカーとは対戦相手の体格、プレッシャーをかけられる速さも違いました。まだ足りない部分がすごくあった」と大学サッカーのレベルの高さを感じた。その年、専修大は1部復帰を果たしたものの、長澤は得点、アシストともにゼロに終わった。「1年目はゴールやアシストにこだわっていなかった」という長澤にとって、2年に上がった時に指揮官からかけられた言葉は衝撃的だった。
「去年、お前が結果を出せなかったことが一番ショックだった」
 源平には「長澤はこんなものじゃない」という思いがあったのだ。

 源平の言葉で長澤の気持ちは大きく変化した。
「自分はそこまで監督に期待され、信頼されて試合に使われていた。それなのに、結果が出せなかった自分が悔しいと感じました」
 長澤はそれまで以上にシュート練習に取り組んだ。そして、日々の実戦練習でも、ゴールにこだわるようになった。意識改革の成果は、数字として表れた。長澤はチーム最多のリーグ戦14ゴールをマーク。ベストイレブンに選出される活躍で、リーグ優勝と同年の全日本大学選手権制覇に貢献した。

 源平は長澤の精神面での変化も飛躍の要因と見ている。
「1年生の時は、“ここでやっていてもうまくなるのかな”と考えていたのではないでしょうか。同年代ですでにプロへ行っている選手たちと差が出てしまうんじゃないか、と。ただ、もともと向上心がある選手なので、そういった悩みが吹っ切れたことが2年目の飛躍につながったと思います」

 目覚ましい活躍を見せた長澤だが、もちろん、自分ひとりの力だとは思っていない。
「今思えば、シュートの数はすごいけど、その分、外しているんですよね。でも、それだけシュートを打ったからこその14ゴールだったともいえます。また、チームメイトが自分に気持ち良くサッカーをさせてくれた。仲間のおかげだと思いますね」

 一方で、ゴールは量産したものの、アシスト数は伸び悩んだ。これに対し、長澤は指揮官から「アシストが少ないんじゃないのか?」と発破をかけられたという。
「もともとはパサータイプだったので、アシストには自信がありました。しかし、監督にアシストの少なさを指摘され、また悔しさを感じました。そこからパスの練習を増やしたり、アシストにもこだわるようにしました。2年の時はゴールばかりを意識してしまっていましたからね」

 その結果、3年時は12ゴール17アシストをマークした。同年の専修大のゴール数は63点。実に約半数が長澤から生まれたことになる。
「専修大はすごく攻撃的で、他のチームに比べて、圧倒的にゴール前に迫る機会が多いんです。僕はその中でトップ下という攻撃の中心でプレーさせてもらっています。前のスペースが空けば自分がシュートを打てるし、前に2人くらい相手選手がいる場合は絶対に他の選手が空いている。つまり、シュートかスルーパスを出せるポジションをやらせてもらっているわけです。その中で逆にあれくらいの結果を出せないと、関東で1位を走るチームのトップ下はできないと思いますね。まだまだではあるんですけど、しっかりと結果を出せたのはよかったです」

 その年、リーグ戦連覇の原動力となった長澤は、アシスト王、ベストイレブン、ベストヒーロー賞を受賞した。

 現実味を帯びてきた夢舞台

 活躍する長澤を周囲も見逃さなかった。2年時には1、2年生のみで構成された全日本大学選抜に選ばれ、国際ユース大会に出場した。大会ではインテルやパルマなど、同じく20歳以下の選手で構成された名門クラブと対戦。長澤は主力として日本の準優勝に貢献した。また、今年はロシア・カザンでのユニバーシアードに参加する日本代表に選出され、キャプテンとしてチームを牽引し、銅メダルを獲得した。さらに横浜F・マリノスの特別強化指定選手(全日本大学サッカー連盟、全国高等学校体育連盟サッカー部、またはJクラブ以外の第2種日本クラブユース連盟加盟チーム所属選手が、所属チーム登録のまま、Jリーグ等の試合に出場可能となる制度)にも登録された。

「マリノスには経験あるベテラン選手が多くいて、学ぶことが多いと思いました。年始のキャンプに参加させてもらった時も、いい感触があったことも大きかったですね。それと練習場所が大学から近くて、大学でのサッカー活動も大事にしたいと考えていた自分にとっては、最高の環境でした」
 長澤はマリノスを受け入れ先に選んだ理由をこう明かした。マリノスでは中村俊輔や中澤佑二といった日本を代表する選手たちと同じ時間を過ごした。各選手の質の高さ、プロ独特の緊張感……どれも大学では味わえない経験だった。

 そして4月3日のナビスコカップ予選リーグ第3節大宮アルディージャ戦では、後半20分から出場し、Jのピッチを踏んだ。「何もできずに終わってしまいましたので、悔しい気持ちが強いですね」と長澤は振り返ったが、収穫もあった。
「今まで“Jリーガーになりたい”という思いはあっても、実際に自分がプレーしているのをイメージすることは難しかった。しかし、大宮戦でピッチに立ったことで、プロという舞台が自分の中でより身近になりました」

 三井千葉サッカークラブ時代の恩師・中村薫から「身長が170センチまで伸びれば、プロになれるぞ」と言われた長澤の身長はこの時、173センチになっていた。

 大事なのは目の前の試合

 学生最後の今シーズンは、大学リーグでも対戦相手から厳しいマークを受けている。キーマンの長澤にボールが渡ると、相手はすかさず複数の選手で包囲網を築く。そうした厳しいマークの中でも9得点、4アシスト(10月17日現在)を記録しているのはさすがである。
「常に見られて、マークされていると感じながらプレーしています。そうやって警戒されるなかでも、屈してはいけないですし、結果を出さないといけない」

 そんな長澤が目指す選手像とは。
「自分の持ち味はゴールに直結するプレー。アシストだったり、自分のゴールだったり。これからも持ち味を出せる選手でありたいですね」

「将来の海外挑戦は?」と水を向けると、長澤は迷いなく答えた。
「まずはJリーグで試合に出て活躍することが目標です。そして、それよりも前に、今は関東大学リーグを戦っていますから、目の前の試合に全力をかける。大学サッカーができる残り3カ月で、チームのためにどこまで高いパフォーマンスを発揮できるか。そこで頑張ったことが、先につながっていくと思っています」

 目の前の目標を確実に達成していった果てには、長澤和輝はどんな舞台に辿り着くのか。日本のサッカー界を背負うであろうフットボーラーから、目を離してはいけない。

(おわり)

長澤和輝(ながさわ・かずき)プロフィール>
1991年12月16日、千葉県生まれ。三井千葉SC―八千代高―専修大学。小学校入学前にサッカーを始める。中学時代は三井千葉SCに所属。八千代高時代は3年時に主将として全国高校サッカー選手権に出場し、大会優秀選手に選出された。専修大学進学後は1年時から出場機会を得る。2年時には関東1部リーグ、全日本大学選手権の2冠を経験。昨季は12ゴール、17アシストの活躍でリーグ連覇に貢献した。今季は主将としてチームを牽引している。2年時から全日本大学選抜入りし、13年ユニバーシアードでは日本代表の主将を務めた。得点力とアシスト力を備える攻撃的MF。身長173センチ、体重66キロ。

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(文・写真/鈴木友多)
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