「あと1戦を挟んで世界タイトルに挑戦させる」
 戦いを終えたばかりのチャーリー太田の隣に立ったルー・ディベラ・プロモーターは、リング上でのテレビインタヴューで力強くそう答えた。
(写真:チャーリーと八王子中屋ジムのアメリカ挑戦もこれから佳境に入ろうとしている Photo By Kotaro Ohashi)
 11月9日にニューヨークのブルックリンで行なわれたスーパーウェルター級のノンタイトル8回戦で、東洋太平洋王者のチャーリーはここまで17勝(9KO)6敗のマイク・ルイスに判定勝ち。序盤からいつになく積極的に前に出て、左右の強打を顔面、ボディの両方に打ち込み、相手に主導権を渡さなかった。

 試合は絶えず一方的で、1人のジャッジがドローを付けたのが信じられないほど(採点は78−74、77−75、76−76の2−0)。ニューヨークで生まれ、東京でボクシングを学んだ異色の王者は、故郷で昨年3月に続く2勝目(通算戦績は26戦24勝(16KO)1敗1分)を挙げた。

「7月に同門の荒川仁人が世界ライト級暫定王座決定戦で壮絶な打ち合いを演じたのを間近で見て、チャーリーも勉強したんじゃないかな。倒せなかったが、今日はお客さんを喜ばせるというプロとして大切なことはできた。チャーリーの試合から観客の雰囲気が変わったからね」

 所属する八王子中屋ジムの中屋廣隆会長は「技術的にもまだ足りない部分は多い」と前置きしながらも、チャーリーのアグレッシブな姿勢を褒め讃えた。
(写真:被弾するシーンもあったが、とにかく前に出たチャーリーの力強い攻撃が目立った Photo By Kotaro Ohashi)

「チャーリー太田は上昇中のスーパーウェルター級ボクサーだ。(ルイス戦では)積極的かつ堅実な戦いぶりで、世界タイトル挑戦に近づいていることを印象づけた。ハードパンチをクリーンヒットし続けただけに、第6ラウンド終了時点でルイス陣営が棄権していても誰も驚かなかったはず。試合後、ディベラはあともう1戦をこなした後に太田を世界タイトルに挑戦させるシナリオに言及した。その場合には、WBO王座を獲得したばかりのデメトリアス・アンドレイドが標的になると言う」(ESPN .com)

「チャーリー太田はルイスを8ラウンドに渡って圧倒したが、ルイスがダウンすることはなく、試合は2−0の判定に。より的を射た78−74 、77−55という2人のジャッジの採点のおかげで、76−76という1人のスコアが問題になることはなかった。珍しく日本国外で試合を行なった太田は支配的で、ほぼすべてのラウンドでルイスにダメージを与え、ストップがかかっても不思議はない場面も何度もあった。2−0とはいえ太田には価値のある勝利。近い未来にスーパーウェルター級の世界タイトルに挑むことになるかもしれない」(Fightnews.com)

 米国内のメジャー媒体も、上記のように揃ってチャーリーの最新試合に好意的な見方をしていた。この高評価を中屋ジム陣営は少々不思議がっていたが、アメリカでは特に台頭中のボクサーに対してはエンターテイメント性を求めるもの。多少粗っぽくとも、この日のチャーリーの戦いぶりからは本場にアピールしたいという想いが感じられた。ポイントを奪っていても最後まで攻め抜いたことで、その気概がファン、メディアにも伝わったのだろう。
(写真:相手は地元選手だけに雰囲気は”敵地”だったが、コーナーも冷静に仕事を果たした Photo By Kotaro Ohashi)

 さらに、リング上で簡単な日本語を披露したことも、ユニークなキャラクターを印象づけられたという意味で大きかったはず。いつも正直なディベラ氏のリング上での笑顔、近未来の世界タイトル挑戦の“公約”も、決してリップサービスではなかったのではないか。

 昨年3月のニューヨークでの初試合では、7ラウンドTKO勝ちは飾ったものの、慎重過ぎる姿勢ゆえにアピールし切れなかった。今年の2〜3月には2戦連続でアメリカでのファイトが直前キャンセルされるという不運も味わった。楽な道のりではなかったが、今回の再チャレンジは成功だった。

「タイトルホルダーと戦いたい。そんな目標を現実のものにするためにも、今は勝ち続けなければならないんだ」
 試合前にそう語ったチャーリー。ただ勝つだけではなく、それ以上を目指したがゆえに、ついにアメリカでも確かな足跡を残すことができたのである。

 もっとも、これですべてが約束されたわけではもちろんない。ここでニューヨークの関係者、ファンにアピールできたからといって、近未来のタイトル挑戦、それ以前のエリミネーションバウト(挑戦者決定戦)が決まったわけではない。さらなる大きな一歩を踏み出すべく、チャーリーと中屋ジムにはこれまで以上の頑張りが必要になってくるだろう。

 WBO王者アンドレイド(20戦全勝13KO)はニューヨークに本拠を置くスターボクシングの所属だが、知名度は高いとは言えない。それゆえにいきなりのビッグファイトは難しく、英国人との指名戦後も、下位ランカーと何戦か防衛戦を行なうことも十分に考えられる。特にチャーリーとの激突は、いわば“ニューヨーク対決”になるだけに、理に適うカードと言える。

 また、IBF王者のカルロス・モリーナにはサウル・“カネロ”アルバレスとの対戦の噂があるが、それが流れた場合には別の相手を探すはず。いずれにしてもチャンスは数多くは巡って来ないだろうだけに、中屋一生プロモーターをはじめとするジム側の交渉力とバイタリティも問われてくるはずだ。

 そして、もしもエリミネーションバウトが組まれたとして、よりレベルが上の相手に、チャーリーは前戦と同じか、それ以上の成果を示さなければいけない。負けは論外、苦戦も駄目。より分かり易い形で、ファンやテレビ局にアピールする内容で、自身の価値をもう一度誇示しなければならない。それらのすべてを成し遂げられたとき、チャーリーが夢見たタイトル挑戦はようやく現実のものとなるのだろう。
(写真:チャーリーが勝ち名乗りを受けるシーンがアメリカの舞台で近々、再び見られるか Photo By Kotaro Ohashi)

 リング外では子供のような笑顔も見せる東洋太平洋王者だが、もう32歳。残された時間は多くない。恐らくは、あと1年、長くて2年が正念場となる中で、チャーリー太田と中屋ジムは最後の階段を昇ることができるだろうか。

 レールのない道を歩むのは簡単ではないが、それゆえに興味深く、成し遂げられた際の喜びも大きい。スリリングな予感とともに、ニューヨーク産、日本経由の物語のクライマックスまで、あと僅かである。

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。

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