走りながら、こみ上げてくるものを抑えられなかった。胸が熱くなり、涙が出てくる。サングラスをしていなかったらカッコ悪い面をさらけ出すところだった。青い空と、蒼く静かな海。優しい笑顔の応援者たち。11月3日、「ツールド東北」を走りながら、そんな感情に襲われた参加者は僕だけではなかったはずだ。
(写真:朝焼けを浴びながら、スタートの号砲を待つ)
「東北で自転車イベントやります」。そんな話をYahoo! JAPAN から聞いたのは春のこと。「Yahoo?」「東北?」「自転車イベント?」と、最初は頭の中でこれらのワードが全くつながらない状態。しかし、何度かの打合せをしているうちに、彼らの本気度が伝わってきた。IT企業である彼らはもちろんイベントのプロではない。通常このような場合は、イベント運営会社にお金を支払ってイベント業者に業務委託する。ところが彼らは主催者として、お金を出すだけではなく、様々な手配、運営関係まで自分たちの手でやろうとしていたのだ。

 イベント業務というのは人手がかかり、地味で面倒な仕事が多い。ましてや、その業務をやったことがない人が行うとなると、その手間は計り知れない。Yahooの社員だって、通常の業務もあるわけで、このイベントに掛かりっきりではいられない。その中で黙々と、いやバタバタとこなしているスタッフを見ていると、「お手伝いしないといけない」という気になっていった。

 被災地でのイベントに関しては、当初迷いもあった。物見遊山で行くようで引け目もあったし、被災者はどんな気持ちで、都会から来る人を見るのだろうかという不安もあった。しかし、以前、気仙沼大島でランニングイベントを主催した時に、かけられた言葉が忘れなれない。「来てくれてありがとう!」。僕らはただ、そこで走っていただけなのに、そんな声をかけてくれた人たちの顔を忘れられない。だから今回も、難しいことを考える前に僕たちは行くべきだと思っていた。そして、走ると決めたその日から、石巻を以前より意識して生活するようになったのだ。
(写真:大会ではこんなシーンが沢山見られた)

 コースは160?、100?、60?と、3つに設定されていた。100?と160?はかなりアップダウンがあり、おまけに復旧途上でまだ路面状態の悪い部分もある。それなりに練習をしていないと、かなり辛いライドになりそうだった。そのため、どれだけの人が完走できるのか、関係者も心配していた。

 今回はそんな参加者を応援しようということで、地元の方がエイドステーション(補給所)を作ってくれていた。160?の間に5カ所。一般的な数ではあるが、その内容に驚かされた。どのエイドでも、地元物産を使った食べ物が置いてあり、しっかりと“東北”を味わうことができたのだ。つみれ汁から始まり、ホタテや海産物カレーに牡蠣汁、メカジキフライ、ふかひれスープ、海鮮茶わん蒸し……。全部食べていたら、とても走れなくなるくらい充実ぶり。「地元のかたも力が入っているよ」とは事前に聞かされていたが、ここまでとは思わなかった。消費カロリーを摂取カロリーが大きく上回るライドになった。
(写真:充実したエイドのホスピタリティ)

 ライドは海岸線沿いを走り続けるコース。途中には細かいアップダウンが繰り返される。津波が達したエリアと、そうでないエリアが惨酷なくらい景色が違うのには、走りながら胸が痛くなった。そして、海と海岸線の美しさ。これほど美しいのに、あんなことになるなんて、とても結びつかない。でも、その爪痕は道沿いには多く残されていた……。通常、何か見るならば点を目指して見に行くが、このように線で見ていくと感じるものが多い。そして、自転車を漕ぎ、走るだけでは移動できない距離を進み、車では気が付かないものが見えるスピード。地域を感じるには最適の乗り物だった。だからこのイベントはサイクリングなんだと、自分の中で合点がいった。
(写真:震災の爪痕の横を走り抜けていく)

 僕たちへの声援が沢山あるのにも驚いた。仮設住宅から出てきて手を振ってくれる人々。このかたたちはどんなに辛い思いをしたのだろう。そして今もここで生活しているのだと思うと、かける言葉が見当たらない。そんな人々が笑顔で応援してくれるのを見て泣けてきた。僕たちが元気づけに来たはずなのに、またまた僕たちが元気付けられた。「人間とはなんと強いんだ」。エイドで会った他の参加者たちも口々にそう言っていた。皆、走りながら沢山のことを感じたのだろう。そんな参加者が、それぞれの地域にその感動を持ち帰って伝えてくれたら……このイベントは十分に意味のあるものになったのではないか。もちろん、ニュースなどメディアが沢山報道してくれたし、それも意味はあった。ただ、参加者の心に刺さったものこそが、このイベントの最大の意味だったのだろう。そして、完走率99%! この数字が参加者のイベントや地元のかたたちへの感銘具合を表現していたのだと思う。
(写真:沿道からの温かい声援に励まされる)

 その夜、Yahooスタッフの事務局に立ち寄った。大きなイベントを終わらせたスタッフの晴れやかな表情は見ていても気持ち良かったが、その事務所には、この数週間戦場であった名残りが多く感じられた。
「日本って、やっぱりいい国だ」。なんだか気持ちのいい夜だった。

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。今年1月に石田淳氏との共著で『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)を出版。
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