今年9月、アジアで初めてのRBSSワールドファイナルが東京・増上寺で開催された。ディフェンディングチャンピオンの徳田耕太郎は、予選の日本大会を経ずにワールドファイナルから参加した。RBSSで2度の優勝および連覇を成し遂げたフリースタイル・フットボーラーはまだいない。徳田には、そのどちらも達成できる可能性があった。
 だが、徳田は優勝することはできなかった。結果は4位。
「ミスもありましたし、100点の演技ができませんでした」
 徳田は悔しそうに大会を振り返った。

 実は今大会に臨む上で、徳田はある不安を抱いていた。それは練習時間の不足である。RBSS2012を制した徳田の知名度は、急速に上昇した。優勝後はショーやイベントに出演するため、国内外を文字通り、飛び回った。
「(RBSS2012)優勝前と比べて、練習時間はすごく少なくなってしまいました。そのなかで、自分ができることをやらないといけないことはわかっていたつもりです。できるかぎりスキルをあげて、新しい技もつくって、今大会(RBSS2013)に臨もうと思いましたが、『Tokuraクラッチ』にかわる新技をこの1年ではつくりだせなかった」
 ワールドファイナル1日目の記者会見で、徳田はこう本音を語っていた。

「今ある技を改良し、見せ方を変えつつ戦った」予選は6戦全勝で突破した。決勝トーナメントも1回戦は「Tokuraクラッチ」を披露するなど、ジャッジスコア5−0で勝利した。つづく準々決勝では、音楽、スピード感のマッチングを意識したパフォーマンスで4−1。準決勝に駒を進めた。

 準決勝では、対戦相手のSzmyo(ポーランド)は力強いエアムーブや頭を駆使した技を披露。対する徳田はほぼノーミスに近いかたちでまとめた。ジャッジが支持したのは前回王者ではなかった。徳田は1−4のスコアで敗退。母国開催で栄光を掴むことはできなかった徳田は、がっくりと肩を落とした。

 敗退の中で得た手応え

 徳田は大会を戦う中で、「他の選手たちのスタイルがよりマニアックになっている」と感じたという。それはどういう意味なのか。大会などの審査員は著名なフリースタイル・フットボーラーが務めることが多い。彼らは観客にはわかりにくい細かな技術を見抜く目を持っており、そのため技の難度の高さがジャッジに反映されやすいのだ。よって、徳田いわく「とにかく高難度の技を行う」選手が増えているという。
「最近の大会では、そういったマニアックな選手が優勝できている傾向があるように感じています。宙返りや、逆立ちなどのダイナミックな技は、観客には受け入れられやすいのですが……」

 スキル重視――これが世界のスタンダードになりつつあると、徳田は感じていた。それでも、彼は敗退した後も、多くの観客から「Tokuraのパフォーマンスは見ていて楽しかった」と声をかけられたという。
「すごくうれしかったですね。お客さんを盛り上げるいいパフォーマンスができたという手応えを得られました」

 思えば、RBSS2012は観客も審査員も魅了した上での優勝だった。徳田はその時のスタイルを変えようとは考えていない。
「もちろんスキル向上にも努めていきますが、それだけでは競技の面白さが半減してしまうかなと。せっかくDJの方が音楽をかけてくれている中で、音を無視してスキルの高い技をやるだけではもったいない。スキルの高い技もやりつつ、観客を盛り上げたり、音楽に乗ってパフォーマンスしたりするほうが、フリースタイル・フットボールを100パーセント楽しめるんじゃないか、と僕は思います」

 現在は再び、多くのショーやイベント出演をこなしている。その中で、徳田は日本の競技人口増加を実感していた。というのも、自身のFacebookやTwitterに「最近、フリースタイル・フットボールを始めました!」「この技はどうやってやるんですか?」といったメッセージが増えてきたのだ。不定期に自身が開くクリニックでも、子供たちの反応に嬉しさを覚えた。
「クリニックの時間が終わっても、みんな熱心にボールを蹴り続けているんです。それを見て、『フリースタイル・フットボールに興味を抱いてくれているんだ』と嬉しく感じましたね」

 直近の目標は世界一を奪還し、さらに日本のフリースタイル・フットボールを盛り上げることだ。その上で、徳田はどんな選手を目指すのか。
「誰が見てもかっこいいと感じ、大会に出ても誰にも負けないフリースタイル・フットボーラーになりたいですね。そのために、練習時間をもっと増やしていくつもりです」

 まだ22歳。徳田はこれからも愛する競技の魅力を、第一線で体現し続ける。

(おわり)

徳田耕太郎(とくだ・こうたろう)
1991年7月21日、愛媛県生まれ。中学1年の冬にフリースタイル・フットボールと出合う。選手名は“Tokura”。2009年にレッドブル・ストリートスタイル(RBSS)日本大会で優勝し、翌年の同世界大会に出場。12年RBSS日本大会を連覇。同年にイタリア・レッチェで行われたワールドファイナルでは、アジア人初、史上最年少で世界王者となった。その後、レッドブル社とアスリート契約を結んだ。機械のような正確さと速さに加え、空中のボールをバック宙しながら両ヒザで挟み込んで着地する「Tokuraクラッチ」といった大技も併せ持つ。身長169センチ。

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(写真・文/鈴木友多)
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