中村俊輔35歳、中澤佑二35歳、マルキーニョス37歳、ドゥトラ40歳――今シーズンの横浜F・マリノスは、主力メンバーに35歳以上の選手が4人と、J1の全18チームの中で最も主力の平均年齢が高かった。いつのまにかつけられた愛称は“おっさん軍団”。正直、「1シーズンもつのか」という見方もあったことは否めない。ところが、“オーバー35”の4人はそろって、シーズンを通してほとんど休むことなく、フル出場。その甲斐あって、今シーズンのF・マリノスは、ほぼ固定したメンバーで安定した力を発揮した。果たして“おっさん軍団”を支えたものとは何だったのか――。
「いい意味で、大人のチームでしたね」
 そう語るのは、2003年からF・マリノスの選手をサポートし続けてきたフィジカルコーチの篠田洋介だ。
「俊(中村)、ボンバー(中澤)、マルキ、ドゥトラの4人をはじめ、主力には経験年数の高い選手がそろっていました。彼らは自己管理能力が非常に高い。こちらから『これをやりなさい』『あれをやりなさい』と指示を出さなくても、自分に何が必要かがわかっているんです。よくベテランと言われる選手たちがここまでフル出場できるのは、何か特別なトレーニングをしているからではないか、と聞かれるのですが、チームとしてフィジカルトレーニングは特にはやっていないんです。練習以外のところで個人個人が、それぞれの目的をもって、きちんとトレーニングをしてくれている。それが今シーズンの結果につながったのだと思います」

 今シーズンのF・マリノスの強さは、ベテランだけに限ったことではない。主力メンバーのうち、ケガで長期離脱する選手は一人も出なかった。これもシーズンを通して力を発揮し続けた大きな要因のひとつであることは言を俟たない。とはいえ、昨シーズンまでと今シーズンとで、大幅にトレーニングを変更したことはないという。ただひとつ、工夫したことをあげれば、練習前のウォーミングアップだ。

 昨シーズンまで、篠田は練習時のウォーミングアップにボールを使ったパス回しなどのメニューを入れていた。だが、今シーズンはウォーミングアップでは一切、ボールを使っていない。その理由を篠田はこう語っている。
「実は、昨シーズンは捻挫をする選手が結構多かったんです。そこで、今シーズンはボールを使った練習をする前の身体づくりを集中してやろうと。ケガをせずに、きちんと練習に参加できるようにしたいということで、ウォーミングアップではボールを使わずに、筋肉と神経系をしっかりと刺激させることに集中させました。ボールとは切り離して、身体づくりというところに特化させたんです」

 ほぼ毎日、足のステップワークなどのメニューを入れ、さらには肉離れを起こしやすいハムストリングにしっかりと刺激を与える屈伸運動にも時間を費やした。「それが理由かどうかはわからない」と篠田は言うものの、少なからず影響があったことは確かだろう。篠田によれば、チーム全体のケガの総数は、昨シーズンまでとそれほど変化はないのだという。激しい接触プレーの連続であるサッカーという競技において、それは致し方ないことかもしれない。だが、ケガの重症度合いという面から見れば、長期離脱する選手が主力から一人も出なかったという結果が、ウォーミングアップの重要性を如実に表している。

 中村俊、20代と変わらないスタミナ

 フィジカルコーチの篠田にとって、最も重視しているのは「ケガをしない身体づくり」だ。その理由は「練習できるか否かで、コンディションは変わる」からだ。
「ケガをしなければ、しっかりと練習に参加することができます。だからこそ、試合にも出場することができる。これがいいコンディションをキープし続けるひとつの要因となるんです」

 それを証明しているのが、中村のこんなエピソードだ。実は、今シーズンの開幕前、中村は驚きの言葉を口にしていた。
「この間、体力テストをやったら、乳酸値の値が20代の頃とまったく変わっていなかったんです」
 だが、篠田によれば、これは何ら驚くことではないという。

「乳酸が早く出てしまうと、疲労で身体が動かない状態になってしまう。つまり、スタミナ面で大きくかかわるものなのですが、一般の人であれば、年齢に左右されることが多いですよね。でも、俊のようにプロの第一線で活躍している選手は、日々のトレーニングをしっかりとやっていますから、年齢が上がったからといって、たいして変わらないものなんです。年齢よりも大事なのは、練習すること、そして試合に出続けることなんです」

 以前、中村の乳酸値が早いうちに高く出ていたことがある。それは、海外からの帰国直後のことだ。スコットランドのセルティックFCで華々しい活躍を見せた中村は、09−10年シーズン、スペインのRCDエスパニョールに移籍した。しかし、あまり出場機会には恵まれず、翌シーズンに古巣のF・マリノスに復帰。この時、中村は32歳。年齢だけを考えれば、35歳の今よりもスタミナはあっても何ら不思議ではない。だが、実際は違った。F・マリノスに復帰して1年目、体力テストをすると、海外に移籍する前の状態からガクンと下がっていたという。

「もちろん、トレーニングはやっていたはずです。でも、試合には出ていなかったことが大きく影響していたと思うんです。サッカーは90分間、動き続ける競技です。だからこそ、試合で身体が鍛えられる部分は少なくありません。今は練習も試合も、きちんとこなしている。だからこそ、海外に移籍する前の20代の頃と変わらない有酸素能力を保つことができているんです」
 練習、試合を休まないこと。そのためにはケガをしないこと。つまり「ケガをしない身体づくり」が、コンディショニングには最重要テーマとなる。そして、それこそがチームの力を最大限に発揮する要因となるのだ。

「僕らはプロですから、勝つことが最大の目的。そのためには、各々の選手のパフォーマンスを上げて、ゲームの日に最高の状態にもっていくことができるか、が重要です。ところが、ケガをしてしまえば、試合はもちろん、練習にしっかりと参加することもできませんから、勝つための準備をすることができません」
ケガをしない身体づくりが、ひいては勝利につながる――。今シーズンのF・マリノスが、まさに証明している。

(後編につづく)

篠田洋介(しのだ・ようすけ)
1971年9月19日、栃木県生まれ。サッカー部に所属していた高校1年の時にヒザを故障し、手術を受けたことをきっかけにフィジカルに興味をもつ。高校卒業後、運動生理学やスポーツ心理学を学ぶため、米国に留学。大学時代はサッカーやアメリカンフットボール部に所属した。大学院卒業後は米国の高校や大学などでコーチを務めた。2002年に東京ヴェルディ1969ユースのフィジカルコーチに就任。03年には横浜F・マリノスユース、04年からはトップチームのフィジカルコーチを務める。

(文・写真/斎藤寿子)
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