卓球界に今後、ブレークが期待される選手がいる。天野優、21歳。株式会社サンリツ卓球部に所属している社会人3年目の選手だ。戦型は速いピッチで勝負を仕掛ける前陣速攻型。12年の全日本社会人選手権のシングルスで3位に入った。
 昨季はサンリツの後期日本卓球リーグ優勝に貢献した天野だが、完全燃焼したとは言い難い1年だった。昨年4月の練習中、彼女は右ヒザに痛みを感じた。最初は「少し痛い」程度だったが、徐々に痛みが大きくなり、病院へ向かった。診断の結果は右ヒザ靭帯損傷。全治まで約1カ月の離脱を強いられた。それまで、数日間休む程度のケガをしたことはあったが、1カ月も練習できない状況は初めてだった。

「少し練習しなくなるだけで、打球の速さに目がついていかなくなるんです。多少は筋力も落ちましたし、思ったよりも元の状態に戻るまでは時間がかかりましたね」
 天野はケガの影響をこう振り返った。主要大会への復帰戦となった6月の前期日本卓球リーグでは、シングルスで1勝2敗。天野は「思うような試合ができなかった」と悔しがった。

 しかし、サンリツの脇ノ谷直子監督は、「深刻な状況としては見ていませんでした」と語る。
「選手というのは常に自分のピークパフォーマンスを望むものです。しかし、1年中、競技をやっていく中で、調子に波が出てくるのは当然。やっている本人は納得がいかなかったり、不安になったりするでしょうけどね。彼女(天野)の場合、ケガの影響で調子を落としてしまったわけですが、その後にパフォーマンスは上がっていくと考えていました」

 指揮官の語ったとおり、天野は徐々に調子を取り戻していった。本人が「あそこから調子がよくなった」と振り返ったのが、9月から10月にかけて行われた国民体育大会だ。天野は東京都代表として大会に出場。予選リーグから準決勝までを5戦全勝し、東京の決勝進出に貢献した。

 縮まりつつあるトップとの差

 迎えた決勝では山口県代表と当たり、天野の相手は同学年で彼女が「本当に強い」と語る石川佳純だった。結果はゲームカウント0対3。スコアだけ見れば、天野の完敗である。だが、彼女は「手応えをつかんだ」という。それは、石川の“スピード”に慣れることだった。

「石川さんは戦術展開や(打球後に次の動作に移るための)戻りが早い。それに打点(打球を打つ位置)も早いですね。いろいろな要素のスピードが他の選手とは違うんです。ですから、自分から何かを早く仕掛けようとするよりもまずは、相手に慣れようと考えました。そうすると、戦いやすいイメージになったんです」

 戦術展開とは、ポイントを取る方法のこと。石川は、豊富な戦術パターンを持っているため、同じミスを繰り返さず、いろいろな戦術でポイントを取りに来る。戦術を早く変化させることで相手に戦い方を絞らせないのだ。またバウンドしたボールが頂点に達する前に打ってくるために、ピッチが速い。天野は石川の頭脳とプレーのスピードに慣れることを重視したのだ。

 リベンジの舞台は国体後に迎えた後期日本卓球リーグのサンリツ対日立化成戦(10月23日)だった。天野は日立化成のゴールド選手(他所属からレンタルした選手。石川は全農からの加入)として参加した石川と、シングルスで対戦した。第1ゲームはリードを奪ってから逆転され、モノにすることができなかった。嫌な流れになりそうだったが、天野に焦りはなかった。

「もっとスピードを上げよう。相手よりもう少し早く戻ろう」
 こう肝に銘じて臨んだ第2ゲームは、11対6で奪い返した。要所で3球目攻撃(3球目で強打を仕掛けること。サーブを1球目、レシーブを2球目、サーバーの第2打を3球目という)が決まり、強打の応酬でも、打ち勝つ場面が多かった。そして、石川の“スピード”についていけないことも少なかった。国体で天野がつかんだ“手応え”は間違いではなかったのだ。流れを引き戻した天野は、続く第3、第4ゲームを連取し、ゲームカウント3対1で石川に勝利した。

「石川さんにはずっと負けていたので、あの勝利は評価できるかなと思います」
 天野は笑顔でこう語った。チームも日立化成に3対2で競り勝ち、大事な初戦をモノにした。結局、サンリツはその後の試合も勝利し、3年半ぶりに同リーグ優勝を果たした。天野はシングルスで4戦全勝、ダブルスでも5勝1敗の記録でチームに貢献した。

 そして、日本のエースである石川から挙げた白星は、天野に自信を植え付けたようだ。
「石川さんには、経験面では全然追いついてないと思います。でも、技術的な面ではすごく差があるとは感じていません。中学・高校の時は大きな差があったと思いますが、技術的な面では少し近づいたかなと」

 12月に行われた世界卓球選手権の代表選考会では、世界ランク26位の平野早矢香をゲームカウント3対1で撃破した。その後の試合で他の選手に敗れて代表の座は逃したものの、天野とトップ選手との差は着実に縮まっている。彼女は今後の目標をこう力強く語った。
「日本代表になって、世界と戦いたい」
 リオデジャネイロ五輪のある16年は23歳で迎える。目標の舞台に上がるため、天野はこれからもボールを打ち込み続ける。

(第2回へつづく)

<天野優(あまの・ゆう)>
1992年11月25日、和歌山県生まれ。両親の影響で5歳から卓球を始める。2002年、全日本選手権(カブの部)で優勝。04年には、和歌山銀行卓球クラブのメンバーとして全国ホープス卓球大会を制した。中学から高知・明徳義塾へ進学。07年に全国中学選抜大会の学校対抗優勝に貢献。高校時代には、全国高校選手権学校対抗、国民体育大会での二冠を達成した。11年、サンリツに入社。12年には全日本実業団選手権大会優勝(サンリツ)、全日本社会人選手権シングルスで3位に入った。昨季は後期日本卓球リーグで、サンリツの3年半ぶりの優勝に貢献した。戦型は前陣速攻。右シェークフォア裏ソフト・バック表ソフト。



(文・写真/鈴木友多)
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