外野をやや強い風が吹き抜けていく。名護市営球場の先発マウンドに立ったのは、北海道日本ハム・大谷翔平だった。3月1日の広島−日本ハムの練習試合である。2年目を迎えた19歳、大谷の二刀流やいかに? どうしても興味はそこへいく。
 ご存知193センチの長身から、しなやかなフォームで投げ込む。左足を上げた時、軸足で真っ直ぐに立っているように見える。流麗なフォームと形容してもいい。ただし、投球内容はといえば、なかなかに荒れ気味である。右打者のインコースへのストレートが、シュート回転して、いわゆる抜けた球になる。スライダーも球道が定まらず、大きく外れる。かと思うと、ひとたび指にかかれば快速球が決まる。そのうえスライダーがコーナーに鋭く曲がり落ちれば、もう打者はついていけない。あえなく三振。結局、4回2/3、打者21人に対して3安打6奪三振1失点。最速は156キロだったとか。

 うーん。まぁ、こういうのを“モノが違う”と言うんでしょう。リリースポイントがビシッと決まったら、誰も打てない。しかし、そうではない球もままある。言ってしまえば、試合のすべてが大谷次第でまわっている。投手らしいと言えば、いかにも投手らしい。

 二刀流に懐疑的な方々は、そのあたりが気にいらないのでしょうね。投手としての練習が足りないから、こういうことになる。シーズンに入ったら、抜けた球は見送られるか、打たれるかだ。しっかり投げ込んで、指にかかるボールの確率を上げないと、結局、あぶはち取らずで大成できないぞ……。それも、ひとつの正論だとは思う。しかし、この後の2試合では打者として3番に入って、2試合連続マルチヒット、1本塁打と結果を出している。二刀流は、もう少し続けてみてもいいのではあるまいか。

 大谷、大化けのヒントは足首!?

 ただ、正直に言うと、どうも気になる。スムーズで華麗な投球フォームなのだが、どこか体に芯が入っていないような感覚が残る。本当はもっとすごいのに、どことなく全体をオブラートで包んだような、核心が見えない印象とでも言おうか。

 些細なことかもしれないが、ふと気付いたことがある。投球動作の中で、上げた左足のつま先が下、すなわち地面の方向を向いているのだ。そんなの、ただのクセでしょ、と言われれば、それまで。しかし、名伯楽と呼ばれ、若手投手育成の手腕では日本球界を代表する投手コーチ・小谷正勝さん(現・千葉ロッテ二軍投手コーチ)は、こんなことを言っている。インタビュアーは二宮清純氏。

<(上げた方の足首が下がって、つま先が地面を向くのは)無駄な力が入っている証拠です。自然体だったら、だいたい足首は直角になるはず。(中略)無駄な力が入り過ぎて足首が固くなっているピッチャーは手首も固い。>(『本』連載「新日本野球紀行」2012年10月号より)
 ちなみに、この二宮清純氏の連載は『プロ野球 名人たちの証言』(講談社現代新書)として一冊にまとまり、3月18日発売予定。小谷さんのような、プロ野球の名人、超一流といわれる人々の証言が次々出てくる。面白いですよ。

 小谷さんのこの発言は、日米通算182勝のサウスポー・石井一久の足首が下がる、という指摘から始まっている。それでも182勝もしたのだから、問題ないではないか、という反応もあり得るだろう。だが、それは小谷さんの指導の成果もあっての成績だし、なによりもこの経験則には、信じるに足る説得力がある。

 というのも、小谷さんは投球の本質を語っているからだ。考えてもみられたい。どんなに見事なフォームを作り上げようと、投球というものは、最終的にボールを放すときの手首および指に、しなやかさやスピードがなければ意味がない。足首が硬くなっている投手は手首も硬い、という発言のポイントはここにある。つまり、手首の硬い投手は、大成しないのだ。

 ここからは、想像である。では、大谷はあれだけ華麗なフォームなのに、なぜ足首に力が入っているのか。それは、自分の理想とするフォームで投げようとするあまり、その形をつくろうとする意識が投球動作の各段階で働くため、結果として、各段階で、体に余計な力が入っているのではないか。

 上げた足首が下がるかどうか、という点だけを見れば、個々人の持って生まれたクセのようなもの、と受け流していいのだと思う。ただ、それが手首の硬さに連動し、体の随所に余計な力が入っていることのサインだとしたら……。もしかしたら、ここに大谷が化けるためのヒントがあるのかもしれない。ちなみに、この日の広島の先発・野村祐輔の足首は自然に直角に上を向いている。彼のフォームのしなやかさは、こんなところからも生み出されているのだろう。

 ついでに、現在のプロ野球を代表する投手で、もうひとり、つま先が下向きになる選手を知っている。巨人の菅野智之である。だったら、問題ないでしょ、と言われそうだ。菅野は今や内海哲也と並ぶ巨人のエース格である。もちろん彼は素晴らしい球を投げる。すでに立派なローテーション投手である。ただ、どちらかと言えば、上体の勝ったフォームに見える。それは、今後、彼が一流投手のままで投手人生をすごすのか、あるいは超一流のレベルまで登りつめることができるか、ということと無関係ではあるまい。

 ドラ8捕手・石川の可能性

 さて、3月1日の名護に戻ろう。この試合、最後にサプライズがあった。日本ハムのドラフト8位ルーキー石川亮が起用されたのである。8回裏に代打で登場し、三振に終わったけれども、9回表はマスクをかぶった。石川は帝京高出身の捕手である。1年の夏に甲子園に出て注目を浴びたが、その後はついに甲子園出場はならなかった。その間、高校生捕手として脚光を浴びたのは西武のドラフト1位・森友哉(大阪桐蔭)である。森が1位で、石川が8位。タイプは全然違うけれど(森の魅力はなんといってもバッティングにある)、そこまでの差があるとは、どうしても思えない。

 練習試合とはいえ、石川が出場できたのは、正捕手・大野奨太の故障離脱を受けてのものだろう。それでも、確実に言えることがある。9回表、左腕・宮西尚生とバッテリーを組んで登場した石川によって、球場を包む雰囲気が変わったのだ。それは、観客にしろ、テレビ放送にしろ、観る側の視線が試合の全体から、捕手中心に自然にシフトしたことを示している。

 サインを出す、構える、捕球する、ボールを投手に返す。そのひとつひとつのしぐさが、実にサマになっている。右打者のインコースに構えて、パシンと捕球する。そのキャッチングは、どこか投手のボールの力を引き出すようなところがある。投手のボールをミットまでもってくる力とでも言おうか。

 ひとつの例を出そう。2アウト目を取った堂林翔太の打席である。(堂林は右打者)
? 内角低め スライダー ストライク
? 内角高め ストレート ボール 
? 外角低め ストレート ボール
? 内角低め スライダー ストライク
? 外角低め チェンジアップ ファウル
? 外角低め チェンジアップ ショートゴロ

 サイン交換のことなので、あるいは間違っているかもしれないが、5球目のチェンジアップは、宮西が一度嫌がったのを、石川が押し通したように見えた。内角低めの2球のスライダーによるストライクといい、打ち取ったチェンジアップといい、捕手が体のしぐさとミットで引き出したボール、という側面は、確実にあった(もちろん、第一義的には、投げた宮西の力である)。

 捕手のミットは、単にボールを受け止めるだけのものではない。受けるという受動性と同時に、投手のボールを引き出す能動性もはらんでいなくてはならない。この能動性が最大限に働けば、ミットが、すなわち捕手が、試合を支配することができる。

 そう。投手・大谷にその可能性があったように、捕手・石川にも、ひとりで試合を支配できるだけの可能性が潜在している。大谷の投球も、石川の捕球も、まさにその可能性の一端が噴出しようとしている場面であった。それをアウラと言い換えてもいいのではないか。もちろん、捕手は高卒ルーキーがいきなりレギュラーを獲れるようなポジションではない。石川には、バッティングを含め、課題はたくさんあるだろう。しかし、そういう可能性を目撃できた練習試合ではあったのだ。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者
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