えらく大きい、と言っても、ばかに大きい、と言っても、どちらも同じ「非常に」大きいという意味になる。というような主旨の話を、昔、小西甚一先生の古文の参考書で読んだような気がする。言葉というのは不思議なものだ。
 えらく、やけに、おそろしく、すばらしく、強い――といろいろ重ねて言ってみてはどうだろう。今年の読売巨人軍である。
 誰もが認める巨大戦力で、下馬評も圧倒的優勝候補ではあるが、実は密かに巨大ゆえの落とし穴があるのではないかと思っていた。予想していたのは投手陣の破綻である。菅野智之、杉内俊哉、内海哲也、大竹寛とくれば、確かに強烈な先発4本柱である。しかし、その後が意外にいない。宮國椋丞ですか? 不安定でしょう(2日に今季初登板後、二軍降格)。杉内だって、近年は衰えが見える。みなさん盤石だとおっしゃる菅野だって、どちらかといえば上体の力を利したフォームである。1年目に20勝したあの上原浩治でも2年目は9勝と苦しんだ。菅野にも同じようなことが起こる可能性はある。リリーフ陣を見ても、澤村拓一は故障離脱したし、山口鉄也も復帰したけど故障明け。西村健太朗が、そんなに絶対的なクローザ―とは思えない。重箱の隅をつつくような言いぐさだが……。

 でも、開幕したとたんに、そんなヘソ曲がりな予測は吹っ飛びました。新外国人レスリー・アンダーソンがあれだけ打てば、そりゃ強いよ。実は打線についても、中心となるべき坂本勇人はもともと波のある打者だし、阿部慎之助はフル出場できないだろうし、と弱点を探すことはできる。セカンドに入るであろう片岡治大は打つし走れるけれども、意外に守備が不安定、とかね。そういうちょっとした綻びが、打線全体に悪循環をもたらす可能性はある。

 しかし、いくらアラを探してみても、アンダーソンでその穴をきっちり埋められてしまっては、いかんともしがたい(日本の投手は優秀だから、2回目の対戦からは弱点を攻めて打たせないだろう、という言い方もありえる。が、このキューバ人打者は克服しそうな気がする)。ホセ・ロペスも半端な打者ではない。おそらく、昨季よりも打つだろう。セ・リーグでこの打線に対抗できる投手陣をもつチームはあるだろうか。しいていえば、広島だけでしょうね。前田健太、野村祐輔、ブライアン・バリントンあるいは大瀬良大地とぶつければ、3連戦2勝1敗まではありそうだ。ちなみに、パ・リーグは福岡ソフトバンクと北海道日本ハムが強いとみた。

 もちろん、ペナントレースは長い。こんな開幕戦の印象が、これからどんどん変わっていくことを期待しつつ、ここでは、龍谷大平安の優勝で幕を閉じた選抜高校野球を少し振り返っておきたい。というのも、巨人打線ほどのインパクトではないにしろ、「強い」と形容したくなる印象を残したシーンがあったのである。

 智弁学園・岡本、プロで大成する予感

 3月28日の智弁学園vs.佐野日大戦。佐野日大のエース田嶋大樹は、今大会No.1と言われる左腕である。対する智弁学園の3番・岡本和真は、1回戦で2本のホームランを打った注目の強打者。ところで、高校野球の「注目の強打者」ほど評価の難しいものはない。というのは、その多くが金属バットゆえの強打者だからだ。つまり、少々スイングが遠回りしても、腕力と金属バットの力で大きく強い打球を打つことができる。プロ入りして意外に伸び悩む「超高校級スラッガー」が多いのは、このせいだ。しかし、これがなかなか見分けにくい。バットが内側から最短距離で出ているか、あるいは力任せでドアスイング気味か、と思って観察しても、結果として強烈な打球を見てしまうと、つい惑わされる。

 さて、田嶋vs.岡本。田嶋はスリークォーターからややサイドに近い腕の振りで、ストレートとスライダーを武器とする。ストレートが135〜140キロくらい。スライダーは鋭く曲がり落ち、いずれも低めにコントロールされている。岡本は右打者。細身の田嶋とは対照的に、こちらはごつい、というべきか、横幅もある立派な体格をしている。一見すると、これは金属バットの強打者かな、と思いたくなる。

 まず結果を書くと、第1打席はレフトフライ。第2打席、第3打席は三振。第4打席はショート強襲ヒット。第5打席は死球。4打数1安打、2三振。田嶋の勝ちと言っていいだろう。

 第2打席の三振が象徴的だ(4回表無死二塁)。カーブ、ストレートが外れてカウント2−0から、
?内角低め スライダー 空振り
?外角低め ストレート ボール
?内角低め スライダー 空振り
?内角低め スライダー 空振り 三振!
 要するにインローいっぱいに曲がり落ちるスライダーに対して、上体が前に出てしまって空振りする。結果を見れば、典型的な金属バットのバッティングと言いたくなる。

 しかし、どうしてもそう見えないのだ。確かに3つとも空振りしたけれども、バットは内から出ているし、タイミングも合っている。しかも、ミートポイントの後のスイング軌道(フォロースルーというべきか)が前方に大きい。ごつい体つきだけれども、スイングはしなやかで速い。

 で、第4打席(8回表1死一塁)。この打席、田嶋はやや配球を変えた。いきなりストレートを2球続けて1−1。岡本は、おそらくインローのスライダーに絞っていたはずである。
?内角低め スライダー ファウル
?内角低め スライダー ショート強襲安打
 4球目のスライダーは、内角の厳しいコースではなく、やや中に入った。だから打てたということもできる。しかし、ワンバウンドしそうな低めでもある。それをバットのやや先でとらえた打球は、痛烈な低いライナーとなってショートを襲った。彼は、木製バットのプロの世界でも大成できるだけの素質を持っているのではないか――そういう予感がのぼり立つような打席だった。

 巨人の強さは打線にあり

 近年、高校野球が生み出した強打者と言えば、まず中田翔(日本ハム)ということになる。早いもので今年でプロ7年目を迎えたが、ガニ股打法になってみたり、足を上げたり、すり足にしたり、なかなかフォームが一定せずに苦労してきた。ここへきて、ようやく自分のフォームが固まりつつあるが、どちらかといえば剛のイメージが強い。剛直な体が、強くて速いスイングを生み出す。

 岡本も同じような右の強打者だが、中田よりも、柔軟性というか、スイングにしなやかさを感じる。ただし左右は違うが、例えば同じ日本ハムの大谷翔平ほどの柔軟性があるわけではない。大谷と比べれば、岡本はむしろ剛の方に近い。このあたりが、5年後、7年後にどう出るか、楽しみにしておこう。(蛇足ながら、大谷の二刀流は、先発する試合で栗山英樹監督がDH制をとらず、投手として5番くらいでラインアップに入れたときに完成する。週の半分は打者で、半分は投手というやりかたでは、どちらも大成しないのではないか)

 最近の高校野球が生み出した左の強打者をもう少し。代表的な打者に、筒香嘉智(横浜DeNA)と、森友哉(埼玉西武)がいる。横浜高校時代の筒香は、それこそ完全無欠の強打者だった。さすがにプロでも通用するのだろうと思ったが、ご存知のように意外に伸び悩んでいる。すべてを金属バットのせいにするのは乱暴だろうが、彼も5年目。そろそろ正念場である(右打者だが、同級生である広島カープの堂林翔太にも同じことが言える。中京大中京の堂林のスイングは、木製バットでも十分やれると思ったのだが……)。森に関しては、まだルーキーなのでなんとも言えない。少なくとも、大阪桐蔭の森は、内側からきれいにバットが出ていた。これは本物、とみた。

 日本野球は、どうしても関心が投手中心に向かいやすい(これは、甲子園がトーナメントであることと関係がある。ひとりの投手がスーパースターになることで全国大会を勝ち上がれるのだから)。しかし、今年の、少なくともペナントレース序盤戦の巨人の強さは、注目した方がいい。投手陣のはらむ不安を補うどころか、ふっ飛ばして、さらには無きものにするかのごとき打撃の力。打者たちの過剰な「強さ」を楽しむ――これもまた、ベースボールの本質である。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者
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