二宮: ソチ五輪ではフィギュアスケートの解説、お疲れ様でした。実際に現地に行った印象はいかがでしたか。
本田: ソチは日本よりも温かく、オリンピックパークを半袖で歩いている人もいたほどです。日本に帰ってきて「寒い」と感じましたから(笑)。

二宮: テロの恐れがあり、現地は厳戒態勢だったと聞きます。会場内は、ものものしい雰囲気だったのでしょうか。
本田: 予想していたより、オリンピックパーク内で不自由さはありませんでしたね。滞在していたホテルもオリンピックパーク内にあり、快適に過ごせました。もちろん、セキュリティーチェックは厳しかったです。オリンピックパークはフェンスで囲まれて隔離された状態で、出入りするには観客も含めて全員が写真付きのIDを提示しなくてはなりませんでした。

二宮: 本田さんは米国同時多発テロの翌年に開催されたソルトレイクシティ五輪も選手として経験しています。あの時は私も現地で取材しましたが、警備が厳重で本当に大変でした。何度もIDを確認され、携帯電話も時限爆弾になる恐れがあるとの理由で分解されそうになったほどです。
本田: 9.11から半年も経っておらず、当初は五輪自体が開催できるのか分からない状態でしたからね。あの雰囲気を経験しているので、今回のソチはオリンピックパーク内に限っていえば、比較的、穏やかな感じでした。

二宮: 本田さんが解説されたフィギュアスケート男子シングルでは羽生結弦選手が悲願の金メダルを獲得しました。その祝杯も兼ねて、今回はそば焼酎「雲海」のSoba&Sodaで乾杯しましょう。
本田: 焼酎は大好きでよく飲みますが、ソーダで割るのは初めてですね。普段は芋を飲むことが多いので、そばはどんな味がするのか楽しみです。

二宮: Soba&Sodaは飲みやすいと、どのゲストからも好評です。
本田: あ、確かにスッキリしていて、おいしいですね。そば焼酎の味がしつつも、クセはない。飲みやすいので流行りそうです。

 ジャンプは跳ぶ前に成否が分かる

二宮: まずは羽生選手の金メダルから振り返りましょう。五輪で金メダルを獲得したのに、本人は「悔しい」という言葉を何度も口にしました。あの意識の高さがあったからこそ頂点に立てたのでしょうね。
本田: そうですね。今回、彼には勢いを感じました。構成もショート、フリーともに後半に基礎点が10点以上の難易度の高いジャンプを入れ、それをしっかりと成功させました。今回、フリーで後半にトリプルアクセルを2回持ってこられたのは羽生選手くらいでしょう。

二宮: 後半のジャンプは基礎点が1.1倍になります。フリーでは最初の4回転を失敗したものの、後半で挽回できたのが大きかった。
本田: 今のルールでなければ、疲れも出てくる後半に2度トリプルアクセルを持ってくる勇気は起きないでしょうね。仮に4回転をミスしても、後半で取り戻す考えだったのでしょう。それだけ本人がジャンプに自信を持っていたと言えます。

二宮: それにしてもジャンプは練習も含めて何千回、何万回と跳んでいても本番で成功するとは限らない。ほんのちょっとの差が明暗を分けるのでしょうね。
本田: ジャンプを成功するかどうか、選手は跳ぶ前に構えた瞬間で分かります。だからと言って、止めるわけにはいかない。もし体勢が悪くても、それをどうやって失敗にならないように修正するかが大事なんです。空中でちょっと体の向きや力の入れ具合を変えて調整する。筋肉のしならせ方ひとつでジャンプの出来は変わってきます。わずかなブレがあっても、ジャンプはうまく跳べません。肉体的な問題に加えて精神面も作用します。迷いがあったり、自信がないと成功の確率は低くなりますね。

二宮: ライバルのパトリック・チャン(カナダ)も今回はジャンプで珍しくミスを連発しました。
本田: 後から聞いた話ですが、彼は腰の状態が思わしくなかったようです。だから、いつもに比べるとキレがなかったですね。加えて、彼の現在のコーチはダンスが専門。ジャンプに関しては細かいアドバイスができていなかったように見受けられます。

二宮: 現地で見ていて、羽生選手が金メダルを獲りそうな予感はしましたか。
本田: 雰囲気は良かったですね。練習でも調子が良く、ショートも完璧。五輪で勝てる要素はすべて兼ね備えていました。ただ、チャンもフリーでパーフェクトな演技をみせれば、逆転可能な得点でしたから、最後の最後までどうなるか分からないと思いながら見ていました。

二宮: 本田さんがジャンプコーチを務めた高橋大輔選手は6位。コンディションさえ万全であれば、2大会連続のメダルに手が届いたように感じます。
本田: やはりヒザの状態が思わしくなかったですね。今回の五輪を振り返ってみると、確かに彼が本来の実力を出せばチャンスはありました。高橋選手に限らず、5位の町田樹選手も含めて上位選手は誰がメダルを獲ってもおかしくはなかったでしょう。

二宮: 前回のバンクーバー五輪で金メダルを獲得した米国のエヴァン・ライサチェックは4回転ジャンプを跳ばなくても優勝できました。しかし、今はメダルはおろか、上位に入るには4回転ジャンプが必須になってきています。
本田: ライサチェックの場合、4回転を跳ばなくても他の要素が完璧でしたから優勝に値する演技だったと思います。でも、今は4回転も跳んだ上で、他も高いレベルでこなせるバランスの良さが問われる時代になりました。この流れは今後も加速していくでしょう。

 真央に生じた“迷い”と“焦り”

二宮: 女子は浅田真央選手がショートでまさかの出遅れを余儀なくされました。本人も「いつもとは違うと感じた」と語っていましたが、前回のバンクーバーで銀メダルを獲得し、世界選手権やGPファイナルを何度も制している選手でさえ、平常心を失ってしまうのが五輪の怖さですね。
本田: 五輪は4年に1度の舞台です。4年間、取り組んできたことをショートとフリーで合わせて6分50秒の中で出し切らなくてはいけない。このプレッシャーは実際にあの場所に立った人間しかわかりません。僕も経験がありますが、練習では良かったのに本番で失敗して、“なぜだか分からない”という状態になってしまうことがあるんです。

二宮: 解説者の視点からみて、浅田選手がショートで失敗した最大の要因は何だと思いますか。
本田: 練習を見ていてもジャンプの成功率が低く、やや自信を失っていたように映りました。ジャンプのテクニック自体は決しておかしくなっていたわけではないのに、跳ぶ時に迷いが出たのでしょう。ささいなことかもしれませんが、「何かが違う」と思ってしまうと失敗するイメージが頭をよぎってしまう。フィギュアスケーターはイメージで自分の演技をとらえている選手が多い。イメージに対して体の動きを合わせていくんです。だから、イメージがブレてしまうと思うように体も動かなくなってしまいます。

二宮: ショートの後、「自分の中の考えも体も全く動かなかった」と発言していたのは衝撃的でした。ただ、一部には「ジャンプに自信がないなら、安全策で事前にトリプルアクセルを外す選択肢もあったのでは」との意見もありました。
本田: それは無理だったでしょうね。僕が浅田選手の立場でも、アスリートとしてトリプルアクセルにはこだわったと思います。トリプルアクセルは浅田選手にとっての“決め球”。逆に言えば、“決め球”で失敗したら仕方がないというくらいの自信と覚悟がある。たとえ、トリプルアクセルを回避して勝てたとしても、それは本当の自分の演技ではないから納得がいかなかったはずです。

二宮: それだけトリプルアクセルへのこだわりが強かったということでしょうね。しかし、それは諸刃の剣でもありました……。
本田: 浅田選手の中では最初のトリプルアクセルは成功の手応えがあったように映りました。ところが着地の段階で足が抜けたような感じになって転倒してしまったんです。もともとジャンプに対して迷いがあった上に、成功したはずのトリプルアクセルをミスして焦りも重なった。“次は何とかしなくちゃ”との思いが強くなりすぎて、気持ちだけが先走ってしまったのではないでしょうか。典型的だったのは最後のジャンプ。まだ足が滑り切っていないのに、体だけが先に回転しようとしていました。ショートは2分50秒の間に7つの要素を盛り込まなくてはいけませんから、気持ちと体の動きが乱れると立て直すのは本当に難しくなります。

二宮: 翌日のフリーは一転、ショートとは別人のような素晴らしい内容でした。どこか吹っ切れてのびのびと演じているように映りました。彼女らしい演技で五輪を締めくくることができ、笑顔が見られたのは僥倖でした。 
本田: 本当はショートからフリーへの気持ちの切り替えが一番難しいので、よく頑張りました。報道もされていましたが、佐藤信夫コーチが「何かあったら、助けにいく」と声をかけたことも良かったのでしょう。浅田選手の場合はテクニックの問題ではなかったので、ちょっとした一言で救われたのではないかと感じます。

 団体戦はプラスにとらえるべき

二宮: 今回は新たな試みとして団体戦も行われました。ピーキングや疲労回復の面で、「その後のシングルには少なからず影響があった」との声もあります。元選手の立場では、どうとらえていますか。
本田: 日本だけでなく他の国も条件は同じですから、「日本人選手にはプラスにならなかった」と考えるべきではないでしょう。特に今回は初めてのことで、ルールもシングルが2人ずつ出場できる国別対抗戦とは異なったものでした。団体戦に出ることが、どう転ぶかは誰にもわからなかったんです。ひとつ言えるのは、少なくとも疲労が溜まってシングルの演技を左右するほど日程が詰まっていたわけではありませんでした。後になって、その影響について、あれこれ言うのは出場した選手がかわいそうだと思いますね。

二宮: 今回を踏まえて、おそらく次の平昌五輪では方式が見直されるでしょうが、日本も戦略を立てて臨む必要があるでしょうね。
本田: 日本の課題ははっきりと見えました。団体でメダルを獲るにはアイスダンスとペアをどう強化し、層を厚くしていくか。今回の5位という成績は、アイスダンスのキャシー・リード、クリス・リード兄弟と、ペアの高橋成美選手、木原龍一選手がショート、フリーともに滑った上の結果ですから、むしろ健闘したと言えるでしょう。単純に考えれば、選手としてはメダルのチャンスが2倍に増えるのは喜ばしいことです。たとえばスキーのジャンプではノーマルヒル、ラージヒル、団体と3回チャンスがある。どれかうまくいかなくても他で挽回できます。ひとつの種目にすべてをかけなくてはいけない状況と比べれば、団体ができたのは良いことではないでしょうか。

二宮: 地元ロシアのエフゲニー・プルシェンコはシングルを棄権したものの、団体で金メダル獲得に貢献していたことで世界中から称賛されました。もし、シングルしかなければ非難轟々だったかもしれません。
本田: その通りです。彼は金メダルを既にひとつロシアにもたらせていたから、棄権しても会場内は温かい雰囲気に包まれていました。プルシェンコはケガを抱えていましたし、団体戦で力を出し尽くしたように映りましたね。それでも地元の声援に応えなくてはいけないプレッシャーをはねのけ、団体戦であれだけの演技をみせたところに彼の真の強さを目の当たりにした気がします。

二宮: 改めてソチ五輪のフィギュアスケートを総括すると?
本田: 五輪の怖さと難しさを感じた大会ですね。その中で男子は羽生選手が日本人初の金メダルに輝いたことは素晴らしかった。これまで日本では「フィギュアスケートは女子が強い」とのイメージだったのが、ここ最近は男子でもメダル獲得が期待されるように変わってきました。実際に羽生選手が優勝し、出場3選手がすべて入賞できたことは日本男子の実力を示す大きな成果になったと感じます。一方の女子は、特に浅田選手に対して「金メダルを」との期待がものすごく高かった。ただ、勝負は何が起きるかわかりません。いくら浅田選手のような強い選手であっても、ひとりの人間だったんだなということを痛感しました。

二宮: 浅田選手はメダルという記録は残らなかったかもしれませんが、あのフリーは見る人の記憶に残る名演技だったのではないでしょうか。ある意味、メダル以上の価値があったのかもしれません。
本田: そうですね。だから、メダルは獲れなくても皆さんが感動したのではないでしょうか。選手はメダルへの思いは国民の皆さんと同じか、それ以上に持っています。でも、五輪は4年に1回しかなくて、しかも、そのメダルは3人しか手にすることができません。今後は、その難しさを多くの皆さんにも理解していただいた上で応援していただけるとうれしいです。

(後編につづく)

<本田武史(ほんだ・たけし)プロフィール>
 1981年3月23日、福島県生まれ。9歳からフィギュアスケートを始め、1996年全日本選手権では史上最年少の14歳で優勝。以降、6度の優勝を収める。東北高2年時に出場した98年長野五輪では15位。同年の世界選手権では日本人で初めて競技会で4回転ジャンプを成功させる。その後、カナダに留学し、99年四大陸選手権で初代王者に。2002年ソルトレイクシティ五輪で日本人男子最高位(当時)の4位入賞を果たした。02、03年の世界選手権で銅メダルを獲得。03年の四大陸選手権では2種類の4回転を3回決める演技をみせ、2度目の優勝を飾る。06年、プロに転向し、現在はアイスショーに出演する傍ら、解説者、指導者としても活躍している。
>>オフィシャルサイト

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<対談協力>
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営業時間:
朝食   6:30〜10:00 ※土・休日は7:00〜10:00
昼食  11:30〜15:00
夕食  17:30〜23:00(L.O.22:30)※休日は22:30まで(L.O.22:00)

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◎クイズ◎
 今回、本田武史さんと楽しんだお酒の名前は?

 お酒は20歳になってから。
 お酒は楽しく適量を。
 飲酒運転は絶対にやめましょう。
 妊娠中や授乳期の飲酒はお控えください。

(構成:石田洋之)
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