4月12日 ラスベガス MGMグランドガーデン・アリーナ
WBO世界ウェルター級タイトルマッチ
ティモシー・ブラッドリー(アメリカ/31勝(12KO)無敗1無効試合)
vs.
マニー・パッキャオ(フィリピン/55勝(38KO)5敗2分)

「マニーは飢餓感を失った。もう取り戻せないよ。キラー・インスティンクト(負けん気)を失ってしまったんだ」
 3月中にHBOが放送したビッグファイトのプレヴュー番組内で、ブラッドリーがパッキャオに向かってそう語りかけたシーンが話題を呼んだ。
(写真:昨年11月のリオス戦では上手さは目立ったが、全盛期の迫力は感じられなかった)
 アメリカのスポーツ界ではトラッシュトークなど珍しくなく、むしろ盛り上がりを煽るためには不可欠のものだ。特にボクシングの大試合ではそれが顕著で、ブラッドリーの言葉もその一環と思う人も多いだろう。

 ただ、今回の件で異例なのは、当のパッキャオ本人が自身の闘志が以前のようではないことをはっきりと認めていることだ。
「これまでの僕はリング上で相手に同情してしまうことがあった。積極性やキラー・インスティンクトがなくなったのはそのためだ。ただ、今回のブラッドリー戦ではそれを取り戻し、みんなにお見せするつもりだよ」

 パッキャオにとって、4月12日に迎えるブラッドリーとの約2年ぶりのリマッチが危険なファイトであることは間違いない。
 パッキャオ戦で自信を付けた30歳の黒人ボクサーは、2013年にはルスラン・プロボドニコフ、ファン・マヌエル・マルケスといった強豪を連破。プロボドニコフ戦ではタフネスを、マルケス戦ではスキルを証明し、今ではウェルター級でもフロイド・メイウェザーに次ぐ存在と目されるようになった。

「試合が待ち切れないよ。パッキャオはかつてのように積極的に攻めると宣言していて、おかげでエキサイトしているんだ。また新たなチャレンジ。僕はこれまでも疑われ、周囲が間違っていると証明してきたからね」
 そう目を輝かせるブラッドリーは、パッキャオとは対照的に今まさにピークにいる。心身ともにコンディション調整には問題がないタイプで、パッキャオ戦でも間違いなく完調でリングに上がってくるはずだ。

 この万能派にパッキャオが勝とうと思えば……本人が宣言している通り、かつてのようなギラギラした野性味をどうしても取り戻す必要があるのだろう。
(写真:ファンと写真撮影するパッキャオ。世界的な人気は健在だ)

「第1戦同様の慈悲深いマニーと対戦すると思っているのなら、ブラッドリーは驚くことだろう。調整は順調だよ。マニーはブラッドリーにダメージを与え、仕留めてしまわなければいけないと分かっている。第1戦はあまりに簡単過ぎて、6ラウンド以降のマニーは手を抜いてしまったんだ」
 パッキャオと固い絆で結ばれたフレディ・ローチトレーナーはそう語り、再戦で愛弟子が全盛期のような“デストロイヤー”スタイルに戻ると断言する。ただ、話は本当にそれほど簡単だろうか?

 過去19年間に渡ってプロボクサーであり続けてきたパッキャオは、35歳を迎えた現在までに62戦をこなし、11の階級にまたがって戦ってきた。
 その間に6階級を制覇し、エリック・モラレス、マルコ・アントニオ・バレラ、ファン・マヌエル・マルケス、オスカー・デラホーヤ、リッキー・ハットン、ミゲール・コット、アントニオ・マルガリート、シェーン・モズリーといったビッグネームと対戦。偉大なる軌跡はほとんど現実離れしており、フィリピンの英雄の名は世界中で永遠に語り継がれていくことは間違いない。

 しかし、そんな怪物からも、徐々に、少しずつ、勢いが感じられなくなっていった。現時点で最後のKO勝ちとなった2009年11月のコット戦以降は下り坂という人がいれば、その一戦前のハットン戦がピークだったという人もいる。実際に過去5勝はすべて判定であり、2012年は2戦2敗と厳しい1年だった。
(写真はコット戦直後のもの。この試合がピークだったのか……)

 映画出演や音楽活動に加え、政治家としての活動まで始め、さまざまな意味でハングリー精神が減退しているのだろう。どんな凄いアスリートにも、肉体の衰えは必ず忍び寄る。2012年6月のブラッドリー戦での敗北は不当な判定の結果だったとしても、パッキャオがキャリアの晩年に差しかかっていることはもう誰も否定できない事実である。

 そんな黄昏の時期に対戦する相手として、ブラッドリーはパッキャオの闘争心を引き出すには最適の存在であるのかもしれない。前回はほぼ一方的に試合を支配しながら、納得のいかない判定で15連勝をストップさせられた。2年越しのリベンジを胸に、ファイトに向けての準備には力が入っているはず。ハリマオ戦で野生味が蘇った「あしたのジョー」の矢吹丈のように、ここでパッキャオが以前の迫力を一時的に取り戻しても驚くべきではない。
(写真:2012年の対戦では判定を巡って大きな論議を呼んだ)

 ただ、その一方で、ブラッドリーが予言した通り、“失われた飢餓感”がもう二度と戻らないとしたら……。
 パッキャオにとって、4月12日は“審判の日”である。評価急上昇中のブラッドリーを印象的な形で下せば、さらなるビッグファイトの可能性が見えてくる。宿敵マルケスとの5度目の対戦が視界に入るし、メイウェザーとのドリームマッチへの待望論も再び沸き上がるはずだ。

 しかし、もしも負けてしまえば、過去4戦で3敗となり、商品価値の激減は必至。長く守ってきたエリートファイターとしての地位も、ついに過去のものとなるだろう。

 2012年12月のマルケス戦で喫した完全KO負けの後遺症は本当にないのか? 相手に深刻なダメージを与えるだけのパワーを依然として残しているのか? 影を潜めたままのキラー・インスティンクトは蘇るのか?

 フィリピン産の伝説は今まさに最終章に突入。試合展開、結果の予想は容易ではないが、ひとつだけはっきりしていることがある。再び最高レベルの強豪を前にして、ラスベガスのリングにて、パッキャオに関する多くの疑問への答えが出されるということである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY
◎バックナンバーはこちらから