先日、ある雑誌(ムック)の企画で、日本プロボクシングの名勝負を選んだ。
 小学生の頃からリング上での闘いを見始めて40年。幾多の名勝負を目にしてきたから、選定には少々悩んだ。でも、心を震わされた試合はハッキリと記憶に残っているもので、思い起こすのに、それほど時間は必要なかった。
(写真:かねてから日本人史上初の「4階級制覇を狙う」と公言している井岡)
 そして名勝負には、ひとつの定義があることに気づく。それは、日本人チャンピオンが、あるいは日本人チャレンジャーが強敵に果敢に挑んだ試合に限られるということだ。勝敗は関係ない。その闘いから「勇気」を、「覚悟」を感じることができたか否かが重要なファクターとなる。

 たとえば、
 ルペ・ピントール(メキシコ)vs.村田英次郎(金子)=1980年6月11日・日本武道館、WBC世界バンタム級タイトルマッチ(15ラウンドドローで村田の王座奪取ならず)
 渡辺二郎(大阪帝拳)vs.パヤオ・プーンタラット(タイ)=1984年7月5日・大阪城ホール、WBCジュニアバンタム級タイトルマッチ(渡辺の12ラウンド判定勝ち、事実上のWBA・WBC王座統一)
 高橋ナオト(アベ)vs.マーク堀越(八戸帝拳)=1989年1月22日・後楽園ホール、日本ジュニアフェザー級タイトルマッチ(高橋が9ラウンドKO勝ちで王座奪取)
 薬師寺保栄(松田)vs.辰吉丈一郎(大阪帝拳)=1994年12月4日・名古屋レインボーホール、WBC世界バンタム級王座統一戦(薬師寺の12ラウンド判定勝ち)
 長谷川穂積(千里馬神戸)vs.ウィラポン・ナコンルアンプロモーション(タイ)=2005年4月16日・日本武道館、WBC世界バンタム級タイトルマッチ(長谷川が12ラウンド判定勝ちで王者奪取)

 記憶に新しいところでは、
 ノニト・ドネア(フィリピン)vs.西岡利晃(帝拳)=2012年10月13日、米国カーソン、WBO世界スーパーバンタム級タイトルマッチ、WBCダイヤモンドベルト戦(西岡の9ラウンドTKO負け)
 もある。

 これまでに70人を超える日本人世界チャンピオンが誕生している。だが、記憶に残る男と、そうでない男に分かれる。その違いは、観る者を熱くさせた試合を有しているか否かだろう。

 プロボクサーにとって世界タイトル奪取は、最終到達点ではない。世界チャンピオンになった後に、どれだけ志を高くして強者を挑戦者として迎え、どれだけ勇気ある闘いができるかで、そのボクサーの価値は決まるのである。

 現役日本人世界チャンピオンはどうか?
 対戦相手をイージーに選ぶ亀田興毅(亀田)には失望した。次期挑戦者に“軽量級最強の男”ローマン・ゴンザレス(ニカラグア)を選んだ八重樫東(大橋)の志や“良し”だ。山中慎介(帝拳)も、さらなる高みを求める。

 さて、気になるのは井岡一翔(井岡)だ。5月7日に日本人最速となる3階級制覇を賭けてIBF世界フライ級王座に挑む。ベルトをコレクトするのもいいが、ローマン・ゴンザレスとの闘いを避けたのは情けない。井岡は後世まで名を残す可能性を秘めた実力あるボクサーである。だからこそ、彼には記録よりも、記憶に残る「勇気ある」闘いを具現化するマッチメイクを望みたい。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』『ジャッキー・ロビンソン 〜人種差別をのりこえたメジャーリーガー〜』(ともに汐文社)。最新刊は『運動能力アップのコツ』(汐文社)。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)


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