「1勝」――。彼らほど、この重みと価値を感じている者たちはいないのではないか。東京大学野球部である。今年の春季リーグ、東大は全敗を喫した。これで2010年秋から続く連敗記録は76となり、東京六大学野球リーグのワースト記録を更新中だ。大学野球の雄である東京六大学野球には、プロ野球選手を多数輩出している私立の強豪校がズラリと並ぶ。その中で東大は唯一の国立大学。推薦枠もなく、甲子園経験者は皆無に近い。実力差は歴然である。だが、彼らは決して負けを当然とは思ってはいない。1勝に賭ける思いは、他大学を凌ぐと自負する。なかでも「六大学で野球をやるために東大を受験した」という熱い男がいる。主将の有井祐人だ。
 今春のオープン戦、有井はチームに手応えを感じていた。昨年のオープン戦では1−10と完敗した東京国際大学に、今年は3−3のドロー。今春、東都大学野球リーグの2部優勝校、立正大学には負けはしたものの1−2と善戦。立正大に次ぐ2位となった日本大学には6−5と競り勝った。

「昨年の主力メンバーが多く残っていた今年のチームは、近年にはなかったほど、個々のレベルが高い。だから、これまでよりももう一段、高いレベルの野球を目指そうというのがチームのテーマでした。実際、春のオープン戦では強豪校相手から得点を奪ったり、負けても競り合ったりと、いい感触をつかんでいたんです」

 だが、リーグ戦での結果は10戦全敗。しかも、完封負けや10点差以上の大敗ばかり。内容の悪さに有井は愕然とした。
「もちろん、オープン戦で対戦した大学よりも、相手ピッチャーのレベルが高くなったということはあります。それでも割り切って勝負しにいかなければいけないのに、リーグ戦に入ったとたんに、オープン戦で見せていた良さがたちまち影をひそめてしまいました。オープン戦では積極的に振れていたファーストストライクを見逃して、次に来た甘い球もファウルにしてしまい、追い込まれた状態で焦ってボール球を振らされる。僕たちの典型的な悪いところが出てしまいました」

 リーグワースト記録となる71連敗目を喫した5月3日の早稲田大学戦後、有井はこんなコメントを残している。「勝った経験がなくて、何を信じていいか難しい」。いつもは前向きな発言の多い有井が珍しく弱気になっていた。
「1回勝てば変わる、と周囲からは言われるのですが、そのたった1回が難しい。あまりにも自分たちがやってきた野球ができていなくて、その時は『自分たちの野球は本当に通用するのか』と考えたりもしました。僕だけでなく、チーム全体にそんな雰囲気があったと思います」

 有井には自分自身への不満もあった。昨年から4番に抜擢され、主将に就任した今年は、自分が率先してチームを引っ張らなければならないと考えていた。ところが、春のオープン戦で不運にも左ヒザの後十字靭帯を部分断裂し、リーグ戦ではベンチを温め続けることが多かったのだ。自分への不甲斐なさを感じながらも、有井は毎試合、チームメイトに気持ちを切り替えるよう鼓舞し続けた。だが、結果を出すことはできなかった。今年こそ近づけると感じていた「1勝」は、また遠のいてしまったのか――。その答えは、今秋に出るはずだ。

(第2回につづく)

有井祐人(ありい・ゆうと)
1992年10月23日、愛媛県生まれ。小学3年から、えひめリトルリーグに入り、野球を始める、新田青雲中学時代は松山ファイターボーイズで野球を続け、学校では陸上部に所属。新田青雲高校ではサッカー部に入る。2011年、目標だった東京大学野球部に入部。当初は投手としてレギュラーを目指したが、同年秋季リーグ後に外野手に転向。翌年からベンチ入りし、3年春には4番に抜擢されるなど主力として活躍。今年は主将に就任し、10年秋以来となるリーグ戦白星を目指している。175センチ、79キロ。右投右打。


(文・写真/斎藤寿子)




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