1年前、彼のことをどう書いたのだったかな。気になって当欄のバックナンバーを調べてみた。
<ストレートは144〜145キロ。スライダーが鋭い。(中略)2年後にドラフトにかかっても不思議はない>
 彼とは東海大相模の右腕・吉田凌である。1年生だった昨夏は、神奈川県大会準決勝の横浜戦で先発。好投したが6回に横浜打線につかまり涙をのんだ。2年生になって迎えた今夏、東海大相模は再び準決勝で横浜と対戦し、リベンジを果たす。吉田は、向上との決勝戦に先発して8回2/3をゼロ封、3安打、20奪三振のド派手な快投を見せた。今夏の甲子園(全国高校野球選手権大会)の主役のひとりに躍り出たと言っていい。
 決勝を見る限り、1年の時よりスライダーの比率が増えた。しかも、曲がりが大きくなった。昔の大投手のカーブは一度浮き上がってから曲がり落ちた、と言われるが、打者からすればそんな感じではあるまいか。上から下へ、タテに大きく曲がり落ちる。落差が大きく、キレが鋭いから、高校生の打者ではなかなかバットに当てられないだろう。

 スライダーで20奪三振の神奈川の好投手というと、どうしても松井裕樹(桐光学園−東北楽天)を思い出す。左右の違いはあるが、キレ味鋭いスライダーを武器にしているところは共通する。ただ、軌道の質はやや異なると思う。松井のスライダーは、まず高めにストレートを投げておいて、その同じ軌道から、いわば地面にめりこむように曲がり落ちた。吉田のスライダーは、一度ストレートの軌道より上に浮き上がってから大きく落ちるように見える。吉田の方が曲がり幅は大きいかもしれない。しかし、その分だけ、甘くなって高めに入ってしまう可能性も、少なくとも現時点では、松井よりも高いように思う。いずれにせよ、来年のドラフトの目玉という、1年前の見立てを変更する必要はなさそうだ。

 打たれない要因はフォームよりも回転

 ことほどさように、高校野球では鋭いスライダーこそが、三振を奪える必須アイテムになっている。生来のアマノジャクとしては、ストレートで三振を取る投手はいないのか、と言いたくもなるが、これがいたんですねぇ。しかも、メジャーリーグに。

 7月29日(日本時間)のコロラド・ロッキーズ戦に先発したシカゴ・カブスの和田毅は、7回を5安打1失点、6奪三振の好投で、メジャー初勝利を挙げた。和田といえば、476個の東京六大学野球リーグ奪三振記録保持者。140キロそこそこのストレートでも三振が取れる、というのが日本時代の持ち味だった。周知のように、ボルチモア・オリオールズに移籍してメジャー挑戦の1年目、2012年春に左ヒジを痛め、靭帯再建手術(いわゆるトミー・ジョン手術)を受けた。約2年のリハビリを経て、カブスに移籍し、今季に復活をかけている。

 ストレートの球速は、日本時代より少し上がったように見える。と言っても90〜91マイル(145〜147キロ)。しかし、彼はこのストレートを高めにつり球として使い、メジャーの強打者たちから結構な確率で空振りを奪っていた。初回の3者連続三振はいずれもストレートで奪ったものである。一番のハイライト・シーンは6回表である。この回、いきなり打たれて、1死一、三塁のピンチを招く。迎える打者は、カルロス・ゴンザレス。左の外野手だが、2010年に首位打者に輝いている。ちなみにこの年、34本塁打、117打点。三冠王の可能性さえある強打者である。

 で、このピンチに和田はどう投げたか。まずは、0−2と追い込んで、ここからである。
 ?高目にストレート(つり球)、90マイル、ボール。カウント1−2。
 ?内角低目ストレート、90マイル。空振り三振!
 145キロくらいの球速でも、和田のストレートは日本時代と同様、メジャーで立派に通用したのだ。

 なぜ和田のストレートは150キロを超える剛速球ではないのに打たれないのか。これについて、必ず言及されるのが、彼の投球フォームである。テイクバックの際、左腕が体の側面に隠れる。ぎりぎりまで見せないで、いきなり投球腕が出てくるから、打者はタイミングが取れない、という説明だ。これは日本の投球理論の主流をなしつつあるようで、例えば千葉ロッテの左腕・成瀬善久についても同様の解説がなされるし、近年では、高校野球を見ていても、解説者がその投手の長所として、腕の見えにくいフォームを挙げることが多い。

 まだ和田が福岡ソフトバンクにいた頃、インタビューしたことがある。その時の彼の答えは、印象的だった。
「もし、僕が打たれない原因が本当にフォームにあるのなら、僕は打たれる試合はないことになる。でも、実際は打たれることもあるわけです」
 つまり、フォームにすべての原因を求めようとする言説に批判的だったのである。

 この、投げる腕をできるだけ長く体側に隠す、という技術論は、もちろん一理あるだろう。ただ、それは数多くの要素のひとつくらいに考えた方がいい。和田のストレートが打たれにくい最大の要因は、やはりボールの回転にあると思う。打者の手元まできても回転する力が衰えないストレート、とでも言おうか。だから高目は伸びて、メジャーでも十分につり球として機能するのだ(このあたり、詳しくは、佐野真著『和田の130キロ台はなぜ打ちにくいか』〔講談社現代新書〕参照。著者は、ボールの回転数の多さに解を求めている。おそらく物理的には、この説明は正しい)。

 回転数の多いストレートは、揚力がつくので、打者の手元で伸びる感覚になり、初速と終速の差が少ない。これは妥当な説明だと思う。ただ、もう少し、感覚的な表現を与えてみたい。たとえば、「ミスターアマ野球」の異名をとり、社会人野球の頂点を極めた名投手・杉浦正則さん(元日本生命監督)が、夏の甲子園で、たまたま愛媛・済美高校の試合を解説したことがある。かの剛速球投手・安楽智大が打ち込まれて負けた試合である。

 杉浦さんは、解説の最後をこうしめくくった。
「ぼくから安楽くんに一言伝えるとすれば、これからは、初速ではなく、ベース板の上でのスピードを求めてやっていってほしい」
 至言だと思う。投手の現場の感覚でいえば、「ベース板の上のスピード」なのだ。これこそが、初速と終速の差が少ないということであり、もっと言えば、打者の手元でのストレートの力である。物理的には回転が多いということかもしれないが、むしろ、打者の手元で回転する力を失わないボール、と表現したい。ツーシームもカットボールもいいけれど、こういうストレートこそ、もっと追求されていいのではあるまいか。

 外国人投手が、基本的に100マイル(160キロ)を夢見る球速信奉者だとすれば、日本人投手はキレでしょ。キレとは「ベース板の上でのボールの力」である。それは、日本野球の文化と言っていいはずだ。

 ダルビッシュ、米国野球への提言

 ここで野球文化について一言しておくと、やはり最近のダルビッシュ有(テキサス・レンジャーズ)の発言が素晴らしい。7月15日(日本時間)、オールスター前のインタビューで、「(先発投手の)中4日は絶対に短い」と言ってのけたのだ。ご存知の通り、メジャーでは先発投手は「中4日、1試合100球」が常識である。このアメリカ文化に真っ向から異を唱えたのだから、立派である。

「球数はほとんど関係ない。120球、140球投げさせてもらっても、中6日あれば靭帯の炎症もクリーンに取れます」(7月16日付「日刊スポーツ」)
「(ヒジに負担がかかるのは)むしろチェンジアップ。フォークは別ですが、スプリットぐらい(握りが)浅ければツーシームと変わらない」(同)
 後段のコメントは、田中将大(ニューヨーク・ヤンキース)が右ヒジ靭帯を傷めたのは、スプリットの投げ過ぎが原因、とする論評への反論だろう。

 面白いのは、21日の「ニューヨーク・タイムズ」電子版によると、かつて広島で活躍したコルビー・ルイス(レンジャーズ)が「僕は(日本流の)週1回の先発が好きだった。常に健康な状態で投げられた」と言い、元ロッテ監督のボビー・バレンタインも賛意を示している、とのこと。だけど、ルイスはカープ時代、ありがたいことに一人だけ、結構中4日、5日で回ってくれていなかったかなぁ。バレンタインに至っては、アメリカ思想の信奉者という印象が強いのだけど……。ともあれ、日本ではトミー・ジョン手術を受ける投手は10年で3、4人なのに、アメリカは1年に何十人もいる、というダルビッシュの論拠には説得力がある。ちなみに、ルイスもアメリカ球界に復帰したあと、この手術を受けることになった一人である。

 松坂大輔(ニューヨーク・メッツ)も和田も藤川球児(カブス)も、メジャーに移籍して、結局、トミー・ジョン手術を受けた。私など、来季、メジャーに挑戦すると言われている前田健太(広島)を、今から心配している。どちらかといえば細身。体型的には、たとえば黒田博樹(ヤンキース)やダルビッシュよりは、和田、藤川に近いタイプでしょ。フォークは投げないけれど、チェンジアップは投げる。

 もうひとつ言えることがある。29日の和田の初勝利を見ていると、ストレート、スライダー、チェンジアップという投球スタイルは、日本時代と特に変わっていなかった(少し球速は上がっていたが)。それでも高目のストレートで空振りを奪えたし、低目のストレートで抑えることができた。ということは、おそらく前田もメジャーに行けば、ほぼ通用するはずなのである。それだけに、ヒジが怖い。

 東海大相模の吉田がスライダーを武器にするのは、おそらく同県の先輩・松井裕の影響があるだろう。ひいては、県予選決勝での彼の成功が、これから全国の高校球児に影響を及ぼすに違いない。こうして、日本の野球文化は醸成され、更新されていく。メジャーの文化も同様である。例えば、グレッグ・マダックスという大投手がいて、フロント・ドアやバック・ドアという投球思想は文化として確固たる地位を築いた。これを取り入れたのは、有名選手ではたとえば黒田だが、それだけではない。今年の高校野球の予選でも、おそらくは、意識的にバックドアを放って三振を取る投手を何人か見た。

 日本野球とメジャーリーグは、否応なくお互いの文化をぶつけ合う。もはやそういう時代である。その時代にあって、例えば吉田は、どのように成長していくのだろうか。彼は和田のストレートを見るだろうか。そして影響を受けるだろうか。ダルビッシュの言動は、日米に新時代を切り拓くだろうか。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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